》る時、笠を脱ぎ、若き男の目つき鋭からず、頬の円《まろ》きが莞爾莞爾《にこにこ》して、へい/\召しましと荷を下ろし、穎割葉《かひわりば》の、蒼き鶏冠《とさか》の、いづれも勢よきを、日に焼けたる手して一ツ一ツ取出すを、としより、弟、またお神楽座《かぐらざ》一座の太夫、姓は原口、名は秋さん、呼んで女形《をんながた》といふ容子《ようす》の可《い》いのと、皆縁側に出でて、見るもの一ツとして欲しからざるは無きを、初鰹は買はざれども、昼のお肴なにがし、晩のお豆府いくらと、先《ま》づ帳合《ちやうあひ》を〆《し》めて、小遣の中より、大枚一歩が処《ところ》、苗七八種をずばりと買ふ、尤《もつと》も五坪《いつつぼ》には過ぎざる庭なり。
隠元《いんげん》、藤豆《ふぢまめ》、蓼《たで》、茘枝《れいし》、唐辛《たうがらし》、所帯の足《たし》と詈《のゝし》りたまひそ、苗売の若衆一々名に花を添へていふにこそ、北海道の花茘枝、鷹の爪の唐辛、千成《せんな》りの酸漿《ほうづき》、蔓なし隠元、よしあしの大蓼、手前商ひまするものは、皆玉揃ひの唐黍《たうもろこし》と云々《うんぬん》。
朝顔の苗、覆盆子《いちご》の苗、花も実もある中に、呼声の仰々しきが二ツありけり、曰く牡丹咲の蛇の目菊、曰くシヽデンキウモン也《なり》。愚弟|直《たゞち》に聞き惚《と》れて、賢兄《にいさん》お買《か》ひな/\と言ふ、こゝに牡丹咲の蛇の目菊なるものは所謂《いはゆる》蝦夷菊《えぞぎく》也。これは……九代の後胤《こういん》平の、……と平家の豪傑が名乗れる如く、のの字二ツ附けたるは、売物に花の他ならず。シヽデンキウモンに至りては、其《そ》の何等《なんら》の物なるやを知るべからず、苗売に聞けば類なきしをらしき花ぞといふ、蝦夷菊はおもしろし、其の花しをらしといふに似ず、厳《いかめ》しくシヽデンキウモンと呼ぶを嘲けるにあらねど、此《こ》の二種、一歩の外、別に五銭なるを如何《いかん》せん。
然《しか》れども甚六なるもの、豈夫《あにそれ》白銅一片に辟易して可ならんや。即《すなは》ち然り気なく、諭して曰く、汝《なんぢ》若輩、シヽデンキウモンに私淑したりや、金毛九尾ぢやあるまいしと、二階に遁《に》げ上らんとする袂を捕へて、可いぢやないかお買ひよ、一ツ咲いたつて花ぢやないか。旦那だまされたと思し召してと、苗売も勧めて止まず、僕が植ゑるからと女形も頻
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