》けたての真《しん》を細《ほそ》めた台洋燈《だいらんぷ》が、影《かげ》を大《おほ》きく床《とこ》の間《ま》へ這《は》はして、片隅《かたすみ》へ二間《ふたま》に畳《たゝ》んだ六枚折《ろくまいをり》の屏風《びやうぶ》が如何《いか》にも寂《さび》しい。
 而《そ》して誰《たれ》も居《ゐ》ない八畳《はちでふ》の真中《まんなか》に、其《そ》の双六巌《すごろくいは》に似《に》たと言《い》ふ紫縞《むらさきじま》の座蒲団《ざぶとん》が二枚《にまい》、対坐《さしむかひ》に据《す》えて有《あ》つたのを一目《ひとめ》見《み》ると、天窓《あたま》から水《みづ》を浴《あ》びたやうに慄然《ぞつ》とした。此処《こゝ》へも颯《さつ》と一嵐《ひとあらし》、廊下《らうか》から追《お》つて来《き》て座敷《ざしき》を吹抜《ふきぬ》けて雨戸《あまど》をカタリと鳴《な》らす。
 恁《か》うして、お浦《うら》に別《わ》かれるのが極《きま》つた運命《うんめい》では無《な》からうかと思《おも》つた……
「浴室《ゆどの》だ、浴室《ゆどの》だ。見《み》ておいで。と女中《ぢよちゆう》を追遣《おひや》つて、倒《たふ》れ込《こ》むやうに部屋《へや》に入《はい》つて、廊下《らうか》を背後向《うしろむ》きに、火鉢《ひばち》に掴《つかま》つて、ぶる/\と震《ふる》へたんです。……老爺《おぢい》さん。」
と雪枝《ゆきえ》は片手《かたて》で胸《むね》を抱《だ》いた。
「亭主《ていしゆ》が上《あが》つて来《き》ました。
『えゝ、一寸《ちよいと》お引合《ひきあ》はせ申《まを》しまする。此《この》男《をとこ》が其《そ》の、明日《みやうにち》双六谷《すごろくだに》の途中《とちゆう》まで御案内《ごあんない》しまするで。さあ、主《ぬし》、お知己《ちかづき》に成《な》つて置《お》けや。』と障子《しやうじ》の蔭《かげ》に蹲《しやが》んで居《ゐ》た山男《やまをとこ》に顔《かほ》を出《だ》させる、と此《これ》が、今《いま》しがたつひ其処《そこ》まで私《わたし》を送《おく》つてくれた若《わか》いもの、……此方《こつち》は其処《そこ》どころぢや無《な》い。」

         十六

「恁《か》う成《な》ると、最《も》う外聞《ぐわいぶん》なんぞ構《かま》つては居《ゐ》られない。魅《つま》まれたか誑《たぶらか》されたか、山路《やまみち》を夢中《むちゆう》で歩行《ある》いた事《こと》を言出《いひだ》すと、皆《みな》まで恥《はぢ》を言《い》はぬ内《うち》に……其《そ》の若《わか》い男《をとこ》が半分《はんぶん》で合点《がつてん》したんです。」
 さあ、亭主《ていしゆ》も飛《とん》でも無《な》い顔《かほ》をする。捜《さが》すのに、湯殿《ゆどの》や小用場《こようば》では追着《おつつ》かなく成《な》つた。
『権七《ごんしち》や、主《ぬし》は先《ま》づ、婆様《ばあさま》が店《みせ》へ走《はし》れ、旦那様《だんなさま》、早速《さつそく》人《ひと》を出《だ》しますで、お案《あん》じなさりませんやうに。主《ぬし》も働《はたら》いてくれ、さあ、来《こ》い、』
と若《わか》いものを連《つ》れて、どたばた引上《ひきあ》げる時分《じぶん》には、部屋《へや》の前《まへ》から階子段《はしごだん》の上《うへ》へ掛《か》けて、女中《ぢよちゆう》まじりに、人立《ひとだ》ちがするくらゐ、二階《にかい》も下《した》も何《なに》となく騒《さは》ぎ立《た》つ。
 雨戸《あまど》を開《あ》けて欄干《らんかん》から外《そと》を見《み》ると、山気《さんき》が冷《ひやゝ》かな暗《やみ》を縫《ぬ》つて、橋《はし》の上《うへ》を提灯《ちやうちん》が二《ふた》つ三《み》つ、どや/\と人影《ひとかげ》が、道《みち》を右左《みぎひだり》へ分《わか》れて吹立《ふきた》てる風《かぜ》に飛《と》んで行《ゆ》く。
 真先《まつさき》に案内者《あんないしや》権七《ごんしち》の帰《かへ》つて来《き》たのが、ものゝ半時《はんとき》と間《あひだ》は無《な》かつた。けれども、足《あし》を爪立《つまだ》つて待《ま》つて居《ゐ》る身《み》には、夜中《よなか》までかゝつたやうに思《おも》ふ。
 婆《ばあ》さんに聞《き》けば、夫婦《ふうふ》づれの衆《しゆ》は、内《うち》で采粒《さいつぶ》を買《か》はつしやると、両方《りやうはう》で顔《かほ》を見合《みあ》ひながら後退《あとしざ》りをして、向《むか》ふ崖《がけ》の暗《くら》い方《はう》へ入《はい》つたまで。それからは覚《おぼ》えて居《を》らぬ。目《め》は踈《うと》し、暮方《くれがた》ではあり、やがて暗《くら》くなつて了《しま》つた、と権七《ごんしち》が言《い》ふ。
 のみ、手懸《てがゝ》りは何《なん》にも無《な》い。
『矢張《やつぱり》何《なに》か私《わたし
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