《はづ》すと、柔《やはら》かな肩《かた》が下《さが》つて、二《に》の腕《うで》がふらりと垂《た》れる。双《さう》の玉《たま》の乳房《ちぶさ》にも、糸一条《いとひとすぢ》の綾《あや》も残《のこ》さず、小脇《こわき》に抱《いだ》くや、此《こ》の彫刻家《てうこくか》の半身《はんしん》は、霞《かすみ》のまゝに山椿《やまつばき》の炎《ほのほ》が※[#「火+發」、75−4]《ぱつ》と搦《から》んだ風情《ふぜい》。
 其《そ》の下襲《したがさ》ねの緋鹿子《ひがのこ》に、足手《あして》の雪《ゆき》が照映《てりは》えて、女《をんな》の膚《はだえ》は朝桜《あさざくら》、白雲《しらくも》の裏《うら》越《こ》す日《ひ》の影《かげ》、血《ち》も通《かよ》ふ、と見《み》る内《うち》に、男《をとこ》の顔《かほ》は蒼《あを》く成《な》つた。――女《をんな》の像《ざう》の片腕《かたうで》が、肱《ひぢ》の処《ところ》から、切《き》れ目《め》赤《あか》う、さゝら立《だ》つて折《を》られて居《ゐ》た。
「わツ、」と叫《さけ》んで、其《そ》の咽喉《のど》を掴《つか》んだまゝ、投《な》げ附《つ》けやうとして振挙《ふりあ》げた手《て》の、筋《すぢ》が釣《つ》つて棒《ぼう》の如《ごと》くに衝《つ》と挙《あ》げると、女《をんな》の像《ざう》は鶴《つる》のやうに、ちら/\と髪《かみ》黒《くろ》く、青年《わかもの》の肩越《かたごし》に翼《つばさ》を乱《みだ》して飜《ひるがへ》つた。
 が、其《そ》のまゝには振飛《ふりと》ばさず。濠《ほり》を越《こ》して遥《はる》かな石垣《いしがき》の只中《たゞなか》へも叩《たゝ》きつけさうだつた勢《いきほひ》も失《う》せて――猶予《ためら》ふ状《さま》して……ト下《した》を見《み》る足許《あしもと》を、然《さ》まで下《くだ》らず、此方《こなた》は低《ひく》い濠《ほり》の岸《きし》の、すぐ灰色《はいいろ》の水《みづ》に成《な》る、角組《つのぐ》んだ蘆《あし》の上《うへ》へ、引上《ひきあ》げたか、浮《うか》べたか、水《みづ》のじと/\とある縁《へり》にかけて、小船《こぶね》が一艘《いつそう》、底《そこ》つた形《かたち》は、処《ところ》がら名《な》も知《し》れぬ大《おほい》なる魚《うを》の、がくり、と歯《は》を噛《か》んだ白髑髏《しやれかうべ》のやうなのがある。

         四

 処《ところ》が其《そ》の小船《こぶね》は、何《なん》の時《とき》か、向《むか》ふ岸《ぎし》から此《この》岸《きし》へ漕寄《こぎよ》せたものゝ如《ごと》く、艫《とも》を彼方《かなた》に、舳《みよし》を蘆《あし》の根《ね》に乗据《のつす》えた形《かたち》に見《み》える、……何処《どこ》の捨小船《すてをぶね》にも、恁《か》う逆《ぎやく》に攬《もや》つたと言《い》ふのは無《な》からう。まだ変《かは》つた事《こと》には、舷《ふなばた》を霞《かすみ》が包《つゝ》んで、ふつくり浮上《うきあが》つたやうな艫《とも》に留《と》まつて、五位鷺《ごゐさぎ》が一羽《いちは》、頬冠《ほゝかぶり》でも為《し》さうな風《ふう》で、のつと翼《つばさ》を休《やす》めて向《むか》ふむきにチヨンと居《ゐ》た。
 城趾《しろあと》の此《こ》の辺《あたり》は、人里《ひとざと》に遠《とほ》いから、鶏《にはとり》の声《こゑ》、鴉《からす》の声《こゑ》より、先《ま》づ五位鷺《ごゐさぎ》の色《いろ》に夜《よ》が明《あ》けやう。其《それ》に不思議《ふしぎ》は無《な》いが、如何《いか》に人《ひと》を恐《おそ》れねばとて、直《す》ぐ其《そ》の鶏冠《とさか》の上《うへ》で、人一人《ひとひとり》立騒《たちさは》ぐ先刻《さつき》から、造着《つくりつ》けた躰《てい》にきよとんとして、爪立《つまだ》てた片脚《かたあし》を下《お》ろさうともしなかつた。
 此《こ》の船《ふね》の中《なか》へ、どさりと落《おと》した。
 女《をんな》の像《ざう》は胴《どう》の間《ま》へ仰向《あふむ》けに、肩《かた》が舷《ふなべり》にかゝつて、黒髪《くろかみ》は蘆《あし》に挟《はさ》まり、乳《ち》の下《した》から裾《すそ》へ掛《か》けて、薄衣《うすぎぬ》の如《ごと》く霞《かすみ》が靡《なび》けば、風《かぜ》もなしに柔《やはら》かな葉摺《はず》れの音《おと》がそよら/\。で、船《ふね》が一揺《ひとゆす》れ揺《ゆ》れると思《おも》ふと、有繋《さすが》に物駭《ものおどろ》きを為《し》たらしい、艫《とも》に居《ゐ》た五位鷺《ごゐさぎ》は、はらりと其《そ》の紫《むらさき》がゝつた薄黒《うすぐろ》い翼《つばさ》を開《ひら》いた。
 開《ひら》いたが、飛《と》びはしない、で、ばさりと諸翼《もろつばさ》搏《はう》つと斉《ひと》しく、俯向《うつむ》けに頸《くび》を伸《の》
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