八尺余《はつしやくよ》も積《つも》つた雪《ゆき》が一晩《ひとばん》に融《と》けて、びしや/\と消《き》えた。あれ松《まつ》が蒼《あを》いわ、と言《い》ふ内《うち》に、天《てん》も地《ち》も赤黒《あかぐろ》く成《な》つて、活《い》きものと言《い》ふ活《いき》ものは、泥《どろ》の上《うへ》を泳《およ》いだての。
其《そ》の響《ひゞ》きで、今《いま》の処《ところ》へ、熱湯《ねつたう》が湧出《わきだ》いた。ぢやがさ、天道《てんだう》人《ひと》を殺《ころ》さずかい。生命《いのち》だけは助《たすか》つても、食《く》はう飲《の》まうの分別《ふんべつ》も出《で》なんだ処《ところ》温泉《をんせん》が昌《さか》つて来《き》たで、何《ど》うやら娑婆《しやば》の形《かたち》に成《な》つた。其《そ》のかはり、旧《もと》から噂《うはさ》の高《たか》かつたお天守《てんしゆ》の此《こ》の辺《へん》は、人《ひと》の寄附《よりつ》かぬ凄《すご》い処《ところ》に成《な》りましたよ。見《み》さつせえ、いまに太陽様《おてんとうさま》が出《で》さつせえても、濠端《ほりばた》かけて城跡《しろあと》には、お前様《めえさま》と私等《わしら》が他《ほか》には、人間《にんげん》らしい影《かげ》もねえだ。偶々《たま/\》突立《つゝた》つて歩行《ある》くものは、性《しやう》の善《よ》くねえ、野良狐《のらぎつね》か、山猫《やまねこ》だよ。
こんな処《ところ》へ、主《ぬし》は何《なん》として又《また》姉様《あねさま》の人形《にんぎやう》連《つ》れて来《き》さつせえた。」
「其《それ》を順《じゆん》にお話《はなし》しませう、」
と雪枝《ゆきえ》は一度《いちど》塞《ふさ》いだ目《め》を、茫乎《ばう》と開《あ》けて、
「父《ちゝ》が此《こ》の処《ところ》を巡廻《じゆんくわい》した節《せつ》、何処《どこ》か山蔭《やまかげ》の小《ちひ》さな堂《だう》に、美《うつくし》い二十《はたち》ばかりの婦《をんな》の、珍《めづら》しい彫像《てうざう》が有《あ》つたのを、私《わたくし》の玩弄《おもちや》にさせうと、堂守《だうもり》に金子《かね》を遣《や》つて、供《とも》のものに持《も》たせて帰《かへ》つたのを、他《ほか》に姉妹《きやうだい》もなし、姉《あね》さんが一人《ひとり》出来《でき》たやうに、負《おぶ》つたり抱《だ》いたり為《し》ました。大
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