》す筏《いかだ》の端《はし》へ鴉《からす》が留《と》まつても気《き》に為《す》るだよ。
 誰《たれ》も来《き》て乗《の》らぬので、久《ひさし》い間《あひだ》雨曝《あまざら》しぢや。船頭《せんどう》も船《ふね》も退屈《たいくつ》をした処《ところ》、又《また》これが張合《はりあひ》で、私《わし》も手遊《おもちや》が拵《こさ》へられます。
 旦那《だんな》、嘸《さぞ》お前様《めえさま》吃驚《びつくり》さつせえたらうが、前刻《いましがた》船《ふね》と一所《いつしよ》に、白《しろ》い裸骸《はだか》の人《ひと》さ焼《や》けるのを見《み》た時《とき》は、やれ、五十年百年目《ごじふねんひやくねんめ》には、世《よ》の中《なか》に同《おな》じ事《こと》が又《また》有《あ》るか、と魂消《たまげ》ましけえ。其《それ》で無《な》うてさへ、御時節《ごじせつ》の有難《ありがた》さに、切支丹《キリシタン》と間違《まちが》へられぬが見《み》つけものゝ処《ところ》ぢや。あれが生身《いきみ》の婦《をんな》で無《な》うて、私《わし》もチヨン斬《ぎ》られずに済《す》んだでがす……
 が、お前様《めえさま》は又《また》、一躰《いつたい》どうさつせえた訳《わけ》でがすの。」
と、ちよこなんとした割膝《わりひざ》の、真中《まんなか》どころへ頤《あご》を据《す》えて、啣煙管《くはへぎせる》で熟《じつ》と眺《なが》める。……老爺《ぢゞい》の前《まへ》を六尺《ろくしやく》ばかり草《くさ》を隔《へだ》てゝ、青年《わかもの》はばつたり膝《ひざ》を支《つ》いて、手《て》を下《さ》げた。……此《こ》の姿《すがた》を、天守《てんしゆ》から見《み》たら、虫《むし》のやうな形《かたち》であらう。
「失礼《しつれい》しました。御老人《ごらうじん》、貴下《あなた》は大先生《だいせんせい》です。何《ど》うか、御高名《ごかうめい》をお名告《なの》り下《くだ》さい。私《わたくし》は香村雪枝《かむらゆきえ》と言《い》つて、出過《です》ぎましたやうですが、矢張《やつぱり》木《き》を刻《きざ》んで、ものゝ形《かたち》を拵《こしら》へます家業《かげふ》のものです。」とはツと額着《ぬかづ》く。
「是《これ》は、」
と同《おな》じく草《くさ》につけた双《さう》の掌《て》を上《あ》げたり下《さ》げたり、臀《いしき》を揉《も》んでもじついて、
「旦那《だんな
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