さま》、祖父殿《おんぢいどん》は家《うち》へ帰《かへ》りごと有《あ》るめえがね。
 お剰《まけ》に家中《うちぢう》、無事《ぶじ》なものは一人《ひとり》も無《な》かつた。が不思議《ふしぎ》に私《わし》だけが助《たすか》りました。
 御時世《ごじせい》が変《かは》つてから、古葛籠《ふるつゞら》の底《そこ》で見《み》つけました。祖父殿《おんぢいどん》が工夫《くふう》の絵図面《ゑづめん》、暇《ひま》にあかして遣《や》つて見《み》て、私《わし》が先《ま》づ乗《の》つて出《で》たが、案《あん》の定《ぢやう》燃出《もえだ》したで、やれ、人殺《ひとごろ》し、と……はツはツはツ、水《みづ》へ入《はい》つて泳《およ》いで遁《に》げた。
 困《こま》つた事《こと》には、私《わし》が腹《はら》からの工夫《くふう》でねえでの、焼《や》くまいやうに手《て》を抜《ぬ》くと、五位鷺《ごゐさぎ》が動《うご》かぬ。濠《ほり》の真中《まんなか》で燃《も》え出《だ》すを合点《がつてん》の向《むき》には、幾度《いくど》も拵《こさ》へて乗《の》せて進《しん》ぜる。其処《そこ》で、へい、麓《ふもと》のものは承知《しようち》して、私《わし》がことを鷺《さぎ》の船頭《せんどう》、埒《らち》もない芸当《げいたう》だあ。」
と蹲《しやが》んで、腰《こし》の煙草入《たばこいれ》を捻《ひね》り出《だ》す。
 聞《き》くものは、目《め》を閉《と》ぢて恍惚《ぼう》とした。

         八

「処《ところ》が、聞《き》かつせえまし。」
と、すぱ/\と煙《けむり》を吹《ふ》かす。近《ちか》い煙草《たばこ》に遠霞《とほがすみ》で、天守《てんしゆ》を包《つゝ》んだ鬱蒼《うつさう》たる樹立《こだち》の蔭《かげ》が透《す》いて来《く》る。
「段々《だん/\》村《むら》が遠退《とほの》いて、お天守《てんしゆ》が寂《さび》しく成《な》ると、可怪《あやし》可恐《おそろし》い事《こと》が間々《まゝ》有《あ》るで、あの船《ふね》も魔《ま》ものが漕《こ》いで焼《や》くと、今《いま》お前様《めえさま》が疑《うたが》はつせえた通《とほ》り……
 私《わし》が拵《こさ》へものと思《おも》ひながら、不気味《ぶきみ》がつて、何《なに》か魔《ま》の人《ひと》が仕掛《しか》けて置《お》く、囮《おとり》のやうに間違《まちが》へての。谿河《たにがは》を流《なが
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