が、山賤《やましず》には口相応、といって、猟夫だとて、若い時、宿場女郎の、※[#「参らせ候」のくずし字、65−2]《まいらせそろ》もかしくも見たれど、そんなものがたとえになろうか。……若菜の二葉の青いような脈筋が透いて見えて、庖丁の当てようがござらない。容顔が美麗なで、気後《きおく》れをするげな、この痴気《たわけ》おやじと、媼はニヤリ、「鼻をそげそげ、思切って。ええ、それでのうては、こな爺《じじ》い、人殺しの解死人《げしにん》は免《のが》れぬぞ、」と告《の》り威《おど》す。――命ばかりは欲《ほし》いと思い、ここで我が鼻も薙刀《なぎなた》で引《ひき》そがりょう、恐ろしさ。古手拭《ふるてぬぐい》で、我が鼻を、頸窪《ぼんのくぼ》へ結《ゆわ》えたが、美しい女の冷い鼻をつるりと撮《つま》み、じょきりと庖丁で刎《は》ねると、ああ、あ痛《つつ》、焼火箸《やけひばし》で掌《てのひら》を貫かれたような、その疼痛《いたさ》に、くらんだ目が、はあ、でんぐり返って気がつけば、鼻のかわりに、細長い鳥の嘴《くちばし》を握っていて、俎の上には、ただ腹を解いた白鷺が一羽。蓑毛も、胸毛も、散りぢりに、血は俎の上と、鷺の首と、おのが掌にたらたらと塗《まみ》れていた。
媼が世帯ぶって、口軽に、「大ごなしが済んだあとは、わしが手でぶつぶつと切っておましょ。鷺の料理は知らぬなれど、清汁《すまし》か、味噌か、焼こうかの。」と榾《ほだ》をほだて、鍋を揺《ゆす》ぶって見せつけて、「人間の娘も、鷺の婦《おんな》も、いのち惜しさにかわりはないぞの。」といわれた時は、俎につくばい、鳥に屈《かが》み、媼に這《は》って、手をついた。断つ、断つ、ふッつりと猟を断つ、慰みの無益の殺生は、断つわいやい。
畠《はたけ》二三枚、つい近い、前畷《まえなわて》の夜の雪路《ゆきみち》を、狸が葬式を真似《まね》るように、陰々と火がともれて、人影のざわざわと通り過ぎたのは――真中《まんなか》に戸板を舁《か》いていた。――鳥旦那の、凍えて人事不省《ひとごこちなく》なったのを助け出した、行列であった。
町の病院で、二月以上煩ったが、凍傷のために、足の指二本、鼻の尖《さき》が少々、とれた、そげた、欠けた、はて何といおう、もげたと言おう、もげた。
どうも解《げ》せぬ。さて、合点のゆかない。現におつかい姫を、鉄砲で撃った猟夫は、肝を潰《つぶ》し
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