》、最後《さいご》かと思《おも》ふ時《とき》に、鎭守《ちんじゆ》の社《やしろ》が目《め》の前《まへ》にあることに心着《こゝろづ》いたのであります。同時《どうじ》に峰《みね》の尖《とが》つたやうな眞白《まつしろ》な杉《すぎ》の大木《たいぼく》を見《み》ました。
雪難之碑《せつなんのひ》のある處《ところ》――
天狗《てんぐ》――魔《ま》の手《て》など意識《いしき》しましたのは、其《そ》の樹《き》のせゐかも知《し》れません。たゞし此《これ》に目標《めじるし》が出來《でき》たためか、背《せ》に根《ね》が生《は》えたやうに成《な》つて、倒《たふ》れて居《ゐ》る雪《ゆき》の丘《をか》の飛移《とびうつ》るやうな思《おも》ひはなくなりました。
洵《まこと》は、兩側《りやうがは》にまだ家《いへ》のありました頃《ころ》は、――中《なか》に旅籠《はたご》も交《まじ》つて居《ゐ》ます――一面識《いちめんしき》はなくつても、同《おな》じ汽車《きしや》に乘《の》つた人《ひと》たちが、疎《まばら》にも、それ/″\の二階《にかい》に籠《こも》つて居《ゐ》るらしい、其《そ》れこそ親友《しんいう》が附添《つきそ》つて居《ゐ》るやうに、氣丈夫《きぢやうぶ》に頼母《たのも》しかつたのであります。尤《もつと》も其《それ》を心《こゝろ》あてに、頼《たの》む。――助《たす》けて――助《たす》けて――と幾度《いくたび》か呼《よ》びました。けれども、窓《まど》一《ひと》つ、ちらりと燈火《ともしび》の影《かげ》の漏《も》れて答《こた》ふる光《ひかり》もありませんでした。聞《きこ》える筈《はず》もありますまい。
いまは、唯《たゞ》お米《よね》さんと、間《あひだ》に千尺《せんじやく》の雪《ゆき》を隔《へだ》つるのみで、一人《ひとり》死《し》を待《ま》つ、……寧《むし》ろ目《め》を瞑《ねむ》るばかりに成《な》りました。
時《とき》に不思議《ふしぎ》なものを見《み》ました――底《そこひ》なき雪《ゆき》の大空《おほぞら》の、尚《な》ほ其《そ》の上《うへ》を、プスリと鑿《のみ》で穿《うが》つて其《そ》の穴《あな》から落《お》ちこぼれる……大《おほ》きさは然《さ》うです……蝋燭《らふそく》の灯《ひ》の少《すこ》し大《おほき》いほどな眞蒼《まつさを》な光《ひかり》が、ちら/\と雪《ゆき》を染《そ》め、染《そ》めて、ちら/\と染《そ》めながら、ツツと輝《かゞや》いて、其《そ》の古杉《ふるすぎ》の梢《こずゑ》に來《き》て留《とま》りました。其《そ》の青《あを》い火《ひ》は、しかし私《わたし》の魂《たましひ》が最《も》う藻脱《もぬ》けて、虚空《こくう》へ飛《と》んで、倒《さかさま》に下《した》の亡骸《なきがら》を覗《のぞ》いたのかも知《し》れません。
が、其《そ》の影《かげ》が映《さ》すと、半《なか》ば埋《うも》れた私《わたし》の身體《からだ》は、ぱつと紫陽花《あぢさゐ》に包《つゝ》まれたやうに、青《あを》く、藍《あゐ》に、群青《ぐんじやう》に成《な》りました。
此《こ》の山《やま》の上《うへ》なる峠《たうげ》の茶屋《ちやや》を思《おも》ひ出《だ》す――極暑《ごくしよ》、病氣《びやうき》のため、俥《くるま》で越《こ》えて、故郷《こきやう》へ歸《かへ》る道《みち》すがら、其《そ》の茶屋《ちやや》で休《やす》んだ時《とき》の事《こと》です。門《もん》も背戸《せど》も紫陽花《あぢさゐ》で包《つゝ》まれて居《ゐ》ました。――私《わたし》の顏《かほ》の色《いろ》も同《おな》じだつたらうと思《おも》ふ、手《て》も青《あを》い。
何《なに》より、嫌《いや》な、可恐《おそろし》い雷《かみなり》が鳴《な》つたのです。たゞさへ破《わ》れようとする心臟《しんぞう》に、動悸《どうき》は、破障子《やれしやうじ》の煽《あふ》るやうで、震《ふる》へる手《て》に飮《の》む水《みづ》の、水《みづ》より前《さき》に無數《むすう》の蚊《か》が、目《め》、口《くち》、鼻《はな》へ飛込《とびこ》んだのであります。
其《そ》の時《とき》の苦《くる》しさ。――今《いま》も。
三
白《しろ》い梢《こずゑ》の青《あを》い火《ひ》は、また中空《なかぞら》の渦《うづ》を映《うつ》し出《だ》す――とぐろを卷《ま》き、尾《を》を垂《た》れて、海原《うなばら》のそれと同《おな》じです。いや、それよりも、峠《たうげ》で屋根《やね》に近《ちか》かつた、あの可恐《おそろし》い雲《くも》の峰《みね》に宛然《そつくり》であります。
此《こ》の上《うへ》、雷《かみなり》。
大雷《おほかみなり》は雪國《ゆきぐに》の、こんな時《とき》に起《おこ》ります。
死力《しりよく》を籠《こ》めて、起上《おきあが》らうとすると、其《そ》の渦
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