ですから。この大雪の中に。

       二

 流るる水とともに、武生は女のうつくしい処だと、昔から人が言うのであります。就中《なかんずく》、蔦屋《つたや》――その旅館の――お米《よね》さん(恩人の名です)と言えば、国々評判なのでありました。
 まだ汽車の通じない時分の事。……
「昨夜はどちらでお泊り。」
「武生でございます。」
「蔦屋ですな、綺麗《きれい》な娘さんが居ます。勿論、御覧でしょう。」
 旅は道連《みちづれ》が、立場《たてば》でも、また並木でも、言《ことば》を掛合う中《うち》には、きっとこの事がなければ納まらなかったほどであったのです。
 往来《ゆきき》に馴《な》れて、幾度《いくたび》も蔦屋の客となって、心得顔をしたものは、お米さんの事を渾名《あだな》して、むつの花、むつの花、と言いました。――色と言い、また雪の越路《こしじ》の雪ほどに、世に知られたと申す意味ではないので――これは後言《くりごと》であったのです。……不具《かたわ》だと言うのです。六本指、手の小指が左に二つあると、見て来たような噂《うわさ》をしました。なぜか、――地方《いなか》は分けて結婚期が早いのに――
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