拒《ふせ》ぐ用意《ようい》の、山刀《やまがたな》と斧《をの》を揮《ふる》つて、あはや、其《その》胸《むね》を開《ひら》かむとなしたる處《ところ》へ、神《かみ》の御手《みて》の翼《つばさ》を擴《ひろ》げて、其《その》膝《ひざ》、其《その》手《て》、其《その》肩《かた》、其《その》脛《はぎ》、狂《くる》ひまつはり、搦《から》まつて、民子《たみこ》の膚《はだ》を蔽《おほ》うたのは、鳥《とり》ながらも心《こゝろ》ありけむ、民子《たみこ》の雪車《そり》のあとを慕《した》うて、大空《おほぞら》を渡《わた》つて來《き》た雁《かり》であつた。
 瞬《またゝ》く間《ま》に、雁《かり》は炭燒《すみやき》に屠《ほふ》られたが、民子《たみこ》は微傷《かすりきず》も受《う》けないで、完《まつた》き璧《たま》の泰《やす》らかに雪《ゆき》の膚《はだへ》は繩《なは》から拔《ぬ》けた。
 渠等《かれら》は敢《あへ》て鬼《おに》ではない、食《じき》を得《え》たれば人心地《ひとごこち》になつて、恰《あたか》も可《よ》し、谷間《たにあひ》から、いたはつて、負《おぶ》つて世《よ》に出《で》た。



底本:「鏡花全集 卷六」岩
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