ろこびの涙《なみだ》も、夜《よる》は片敷《かたし》いて帶《おび》も解《と》かぬ留守《るす》の袖《そで》に乾《かわ》きもあへず、飛報《ひはう》は鎭守府《ちんじゆふ》の病院《びやうゐん》より、一家《いつけ》の魂《たましひ》を消《け》しに來《き》た。
 少尉《せうゐ》が病《や》んで、豫後《よご》不良《ふりやう》とのことである。
 此《こ》の急信《きふしん》は××年《ねん》××月《ぐわつ》××日《にち》、午後《ごご》三|時《じ》に屆《とゞ》いたので、民子《たみこ》は蒼《あを》くなつて衝《つ》と立《た》つと、不斷着《ふだんぎ》に繻子《しゆす》の帶《おび》引緊《ひきし》めて、つか/\と玄關《げんくわん》へ。父親《ちゝおや》が佛壇《ぶつだん》に御明《みあかし》を點《てん》ずる間《ま》に、母親《はゝおや》は、財布《さいふ》の紐《ひも》を結《ゆは》へながら、駈《か》けて出《で》て之《これ》を懷中《ふところ》に入《い》れさせる、女中《ぢよちう》がシヨオルをきせかける、隣《となり》の女房《にようばう》が、急《いそ》いで腕車《くるま》を仕立《したて》に行《ゆ》く、とかうする内《うち》、お供《とも》に立《た》つ
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