芙蓉《ふよう》の花片《はなびら》、香《こう》の煙に消ゆよとばかり、亡き母上のおもかげをば、まのあたり見る心地しつ。いまはハヤ何をかいわむ。
「母上《おっかさん》。」
と、ミリヤアドの枕の許《もと》に僵《たお》れふして、胸に縋《すが》りてワッと泣きぬ。
誓えとならば誓うべし。
「どうぞ、早く、よくなって、何にも、ほかに申しません。」
ミリヤアドは目を塞《ふさ》ぎぬ。また一しきり、また一しきり、刻むがごとき戸外《おもて》の風。
予はあわただしく高津を呼びぬ。二人が掌《たなそこ》左右より、ミリヤアドの胸おさえたり。また一しきり、また一しきり大空をめぐる風の音。
「ミリヤアド。」
「ミリヤアド。」
目はあきらかにひらかれたり。また一しきり、また一しきり、夜《よ》深くなりゆく凩の風。
神よ、めぐませたまえ、憐みたまえ、亡き母上。
[#地から1字上げ]明治三十(一八九七)年一月
底本:「泉鏡花集成3」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年1月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二卷」岩波書店
1942(昭和17)年9月30日発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年10月23日作成
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