仔細《しさい》のないこった。華族様の御台様《みだいさま》を世話でお暮し遊ばすという御身分で、考えてみりゃお名もまや[#「まや」に傍点]様で、夫人というのが奥様のことだといってみれば、何のことはない、大倭《やまと》文庫の、御台様さね。つまり苦労のない摩耶夫人様《まやぶにんさま》だから、大方|洒落《しゃれ》に、ちょいと雪山《せっせん》のという処をやって、御覧遊ばすのであろう。凝ったお道楽だ。
とまあ思っちゃあ見たものの、千ちゃん、常々の御気象が、そんなんじゃあおあんなさらない……でしょう。
可愛い児とおっしゃるから、何ぞ尼寺でお気に入った、かなりやでもお見付け遊ばしたのかしらなんと思ってさ、うかがって驚いたのは、千ちゃんお前様《まえさん》のことじゃあないかね。
(いつでもうわさをしていたからお前たちも知っておいでだろう。蘭《らん》や、お前が御存じの。)
とおっしゃったのが、何と十八になる男だもの、お仲さんが吃驚《びっくり》しようじゃあないか。千ちゃん、私も久しく逢わないで、きのうきょうのお前様は知らないから――千ちゃん、――むむ、お妙《たえ》さんの児の千ちゃん、なるほど可愛い児だと実をいえば、はじめは私もそれならばと思ったがね、考えて見ると、お前様、いつまで、九ツや十で居るものか。もう十八だとそう思って驚いたよ。
何の事はない、密通《まおとこ》だね。
いくら思案をしたって御新造様は人の女房さ。そりゃいくら邸の御新造様だって、何だってやっぱり女房だもの。女房がさ、千ちゃん、たとい千ちゃんだって何だって、男と二人で隠れていりゃ、何のことはない、怒っちゃあいけませんよ、やっぱり何さ。
途方もない、乱暴な小僧《こぞ》ッ児《こ》の癖に、失礼な、末恐しい、見下げ果てた、何の生意気なことをいったって私が家《とこ》に今でもある、アノ籐《とう》で編んだ茶台はどうだい、嬰児《ねんねえ》が這《は》ってあるいて玩弄《おもちゃ》にして、チュッチュッ噛《か》んで吸った歯形がついて残ッてら。叱り倒してと、まあ、怒っちゃあ嫌よ。」
四
「それが何も、御新造様さえ素直に帰るといって下さりゃ、何でもないことだけれど、どうしても帰らないとおっしゃるんだもの。
お帰り遊ばさないたって、それで済むわけのものじゃあございません。一体どう遊ばす思召《おぼしめし》でございます。
(あの
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