窓から顔を出した奴がある、一目見るや、膝を返しざまに見当もつけず片手なぐりに斬払って、其奴《そいつ》の片腕をばさりと落した。時に、巴旦杏の樹へ樹上《きのぼ》りをして、足を踏《ふんば》張って透見《すきみ》をしていたのは、青い洋服の少年です。
お綾が、つかつかと屋根へ出て、狼狽《うろた》えてその少年の下りる処を、ぐいと突貫いたが、下腹で、ずるり腸《はらわた》が枝にかかって、主は血みどれ、どしんと落ちた。
この光景《ありさま》に、驚いたか、湯殿口に立った髯面《ひげづら》の紳士が、絽羽織《ろばおり》の裾《すそ》を煽《あお》って、庭を切って遁《に》げるのに心着いて、屋根から飜然《ひらり》……と飛んだと言います。垣を越える、町を突切《つッき》る、川を走る、やがて、山の腹へ抱《だき》ついて、のそのそと這上《はいあが》るのを、追縋《おいすが》りさまに、尻を下から白刃《しらは》で縫上げる。
ト頂に一人立って、こっちへ指さしをして笑ったものがある。エエ、と剣《つるぎ》を取って飛ばすと、胸元へ刺さって、ばったり、と朽木倒《くちきだおれ》。
するする攀上《よじのぼ》って、長船のキラリとするのを死骸から抜取ると、垂々《たらたら》と湧《わ》く血雫《ちしずく》を逆手に除《と》り、山の端《は》に腰を掛けたが、はじめて吻《ほっ》と一息つく。――瞰下《みおろ》す麓《ふもと》の路へ集《たか》って、頭ばかり、うようよして八九人、得物を持って押寄せた。
猶予《ためら》わず、すらりと立つ、裳《もすそ》が宙に蹴出《けだし》を搦《から》んで、踵《かかと》が腰に上《あが》ると同時に、ふっと他愛なく軽々と、風を泳いで下りるが早いか、裾がまだ地に着かぬ前《さき》に、提《ひっさ》げた刃《やいば》の下に、一人が帽子から左右へ裂けた。
一同が、わっと遁《に》げる。……」
三十六
「今はもう追うにも及ばず、するすると後《あと》を歩行《ある》きながら、刃《やいば》を振って、
(は、)
と声懸けると、声に応じて、一人ずつ、どたり、ばたりで、算を乱した、……生木の枝の死骸《しがい》ばかり。
いつの間にか、二階へ戻った。
時に、大形の浴衣の諸膚脱《もろはだぬ》ぎで、投出《なげだ》した、白い手の貴婦人の二の腕へ、しっくり喰《くい》ついた若いもの、かねて聞いた、――これはその人の下宿へ出入りの八百屋だそうで、やっぱり情人の一人なんです。
(推参。)
か何かの片手なぐりが、見事に首をころりと落す。拳《こぶし》の冴《さえ》に、白刃《しらは》の尖《さき》が姉の腕を掠《かす》って、カチリと鳴った。
あっと云うと、二人とも目を覚した。
お綾の手に、抜いた刀はなかったが、貴婦人は二の腕にはめた守護袋《まもりぶくろ》の黄色《きん》の金具を圧《おさ》えていたっていう事です。
実は、同じ夢を見たんだそうで、もっとも二階から顔を出したのも、窓から覗《のぞ》いたのも、樹上りをしたのも、皆《みんな》同時に貴婦人は知っていた。
自分の情人を、一人々々妹が斬殺すんで、はらはらするが、手足は動かず、声も出せない。その疲れた身体《からだ》で、最後に八百屋の若いものに悩まされた処――片腕一所に斬られた、と思ったが、守護袋で留まったと言う。
貴婦人の病気は、それで、快癒《かいゆ》。
が、入交《いれかわ》って、お綾は今の身になった。
と言うのは、夢中ながら、男を斬った心持が、骨髄《こつずい》に徹して忘れられん。……思い出すと、何とも言えず、肉が動く、血汐《ちしお》が湧《わ》く、筋が離れる。
他《ほか》の事は考えられず、何事も手に着かない、で、三度の食も欲《ほし》くなくなる。
ところが、親が蒔絵職《まきえしょく》。小児《こども》の時から見習いで絵心があったので、ノオトブックへ鉛筆で、まず、その最初の眉間割《みけんわり》を描《か》いたのがはじまりで。
顔だけでは、飽足《あきた》らず、線香のような手足を描いて、で、のけぞらした形へ、疵《きず》をつける。それも墨だけでは心ゆかず、やがて絵の具をつかい出した。
けれども、男の膚《はだ》は知らない処女の、艶書《ふみ》を書くより恥かしくって、人目を避くる苦労に痩《や》せたが、病《やまい》は嵩《こう》じて、夜も昼もぼんやりして来た。
貴婦人も、それっきり学校はやめたが、お綾も同断。その代り寂《さびし》い途中、立向うても見送っても、その男を目に留めて、これを絵姿にして、斬る、突く、胸を刺す。……血を彩って、日を経《ふ》ると、きっとそのものは生命《いのち》がないというのが知れる……段々嵩じて、行違いなりにも、ハッと気合を入れると、即座に打倒《ぶったお》れる人さえ出来た。
が、可恐《おそろし》いのは、一夜《あるよ》、夜中に、ある男を呪詛《のろ》っ
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