》りました。――母屋の方はそうも行かんが、清水があって、風通しの可《い》いせいか、離座敷には蚊は居ません。で、ちと薄ら寒いくらいだから――って……敷くのを二枚と小掻巻《こがいまき》。どれも藍縞《あいじま》の郡内絹《ぐんないぎぬ》、もちろんお綾さん、と言いました、少《わか》い人の夜のもの……そのかわり蚊帳は差上げません。――
(ちと美しい唇に、分けてお遣んなさいまし。……殿方の血は、殿方ばかりのものじゃありませんよ。)
 と凄《すご》いような串戯《じょうだん》を、これは貴婦人の方が言って。――辞退したが肯《き》かないで、床の間の傍《わき》の押入から、私の床を出して敷いたあとを、一人が蚊帳を、一人が絹の四布蒲団《よのぶとん》を、明石と絽縮緬《ろちりめん》の裳《もすそ》に搦《から》めて、蹴出褄《けだしづま》の朱鷺色《ときいろ》、水色、はらはらと白脛《しらはぎ》も透いて重《かさな》って正屋《おもや》へ隠れた、その後《あと》の事なんですが。」

       二十七

「二人の婦《おんな》が、その姿で、沓脱《くつぬぎ》の笹《ささ》を擦る褄《つま》はずれ尋常に、前の浅芽生《あさぢう》に出た空には、銀河《あまのがわ》が颯《さっ》と流れて、草が青う浮出しそうな月でしょう――蚊帳釣草《かやつりぐさ》にも、蓼《たで》の葉にも、萌黄《もえぎ》、藍《あい》、紅麻《こうあさ》の絹の影が射《さ》して、銀《しろがね》の色紙《しきし》に山神《さんじん》のお花畑を描いたような、そのままそこを閨《ねや》にしたら、月の光が畳の目、寝姿に白露の刺繍《ぬいとり》が出来そうで、障子をこっちで閉めてからも、しばらく幻が消えません。
 が、二人はもう暗い母屋へ入ったんです。と、草清水《くさしみず》の音がさらさらと聞え出す、それが、抱いた蚊帳と、掛蒲団が、狭い土間を雨戸に触って、どこまでも、ずッと遠くへ行《ゆ》くのが、響くかと思われる。……
 ところで、いつでも用あり次第、往通《ゆきか》いの出来るようにと、……一体土間のその口にも扉がついている。そこと、それから斜違《はすか》いに向い合った沓脱の上の雨戸一枚は、閉めないで、障子ばかり。あとは辻堂のような、ぐるりとある廻縁《まわりえん》、残らず雨戸が繰ってあった。
 さて、寝る段になって、そのすっと軽く敷いた床を見ると、まるで、花で織った羅《うすもの》のようでもあるし
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