そうでしょう。)
 に極《き》めてかかって、
(御心配はありません。あれは、麓《ふもと》の山伏が……)
 ッて、ここで貴下の話をしました。
 ついては、ちっと繕って、まあ、穏かに、里で言う峠の風説《うわさ》――面と向っているんですから、そう明白《あからさま》にも言えませんでしたが、でも峠を越すものの煩うぐらいの事は言った。で、承った通り、現にこの間も、これこれと、向う顱巻《はちまき》の豪傑が引転《ひっくり》かえったなぞは、対手《あいて》の急所だ、と思って、饒舌《しゃべ》ったには饒舌りましたが、……自若としている。」
「自若として、」
「それは実に澄ましたものです。蟇《ひきがえる》が出て鼬《いたち》の生血《いきち》を吸ったと言っても、微笑《ほほえ》んでばかりいるじゃありませんか。早く安心がしたくもあるし、こっちは急《あせ》って、
(なぜまたこんな処にお一人で。)
 と思い切って胸を据えると、莞爾《にっこり》して、
(だって、山蟻《やまあり》の附着《くッつ》いた身体《からだ》ですもの。)
 と肩をぶるぶると震わしてしっかりと抱いた、胸に夕顔の花がまたほのめく。……ああ、魂というものは、あんな色か、と婦《おんな》に玉の緒を取って扱《しご》かれたように、私がふらふらとした時、
(貴下《あなた》、)
 と顔を上げて、凝《じっ》とまた見ました。」

       二十六

「色めいた媚《なまめ》かしさ、弱々と優しく、直ぐに男の腕へ入りそうに、怪しい翼を掻窘《かいすく》めて誘込むといった形。情に堪えないで、そのまま抱緊《だきし》めでもしようものなら、立処《たちどころ》にぱッと羽搏《はばた》きを打つ……たちまち蛇が寸断《ずたずた》になるんだ。何のその術《て》を食うものか、とぐっと落着いて張合った気で見れば、余りしおらしいのが癪《しゃく》に障った。
 が、それは自分勝手に、対手《さき》が色仕掛けにする……いや、してくれる……と思った、こっちが大の自惚《うぬぼれ》……
 もっての外です。
 実は、涙をもって、あわれに、最惜《いとお》しく、その胸を抱いて様子を見るべき筈《はず》で。やがてまた、物凄《ものすご》さ恐しさに、戦《おのの》き戦き、その膚《はだ》を見ねばならんのでした。」――
 と語りかけて、なぜか三造は歎息した。
 山伏は茶盆を突退《つきの》けて、釜《かま》の此方《こなた》へ乗
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