―爪《つま》はずれ、帯の状《さま》、肩の様子、山家《やまが》の人でないばかりか、髪のかざりの当世さ、鬢の香さえも新しい。
「嬢さん、嬢さん――」
とやや心易げに呼活《よびい》けながら、
「どうなすったんですか。」
とその肩に手を置いたが、花弁《はなびら》に触るに斉《ひと》しい。
三造は四辺《あたり》を見て、つッと立って、門口から、真暗《まっくら》な家《や》の内へ、
「御免。」
「ほう……」
と響いたので、はっと思うと、ううと鳴って谺《こだま》と知れた。自分の声が高かった。
「誰も居ないな。」
美女の姿は、依然として足許に横《よこた》わる。無慚《むざん》や、片頬《かたほ》は土に着き、黒髪が敷居にかかって、上ざまに結目《むすびめ》高う根が弛《ゆる》んで、簪《かんざし》の何か小さな花が、やがて美しい虫になって飛びそうな。
しかし、煙にもならぬ人を見るにつけて、――あの坂の途中に、可厭《いや》な婆と二人居て手を掉《ふ》ったことを思うと、ほとんど世を隔てた感がある。同時に、渠等《かれら》怪しき輩《やから》が、ここにかかる犠牲《いけにえ》のあるを知らせまいとして、我を拒んだと合点さるるにつけて、とこう言う内に、追って来て妨《さまたげ》しょう。早く助けずば、と急心《せきごころ》に赫《かっ》となって、戦《おのの》く膝を支《つ》いて、ぐい、と手を懸ける、とぐったりした腕《かいな》が柔かに動いて、脇明《わきあけ》を辷《すべ》った手尖《てさき》が胸へかかった処を、ずッと膝を入れて横抱きに抱《いだ》き上げると、仰向《あおむ》けに綿を載《の》せた、胸がふっくりと咽喉《のど》が白い。カチリと音して、櫛《くし》が鬼の面に触ったので……慌てて、かなぐり取って、見当も附けず、どん、と背後《うしろ》へ投《ほう》った。
「山伏め、何を言う!」
十六
「いや、もう、先方《さき》が婦人《おんな》にもいたせ、男子《おとこ》にもいたせ、人間でさえありますれば、手前は正《しょう》のもの鬼でござる。――狼《おおかみ》が法衣《ころも》より始末が悪い。世間では人の皮着た畜生と申すが、鬼の面を被《かぶ》った山伏は、さて早や申訳がない。」
御堂《みどう》の屋根を蔽《おお》い包んだ、杉の樹立の、廂《ひさし》を籠《こ》めた影が射《さ》す、炉《ろ》の灰も薄蒼《うすあお》う、茶を煮る火の色の※[#「
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