ら、密《そっ》とその縄を取って曳《ひ》くと、等閑《なおざり》に土の割目に刺したらしい、竹の根はぐらぐらとして、縄がずるずると手繰《たぐ》られた。慌てて放して、後へ退《さが》った。――一対の媼《ばば》が、背後《うしろ》で見張るようにも思われたし、縄張の動く拍子に、矢がパッと飛んで出そうにも感じたのである。
いや、名にし負う倶利伽羅で、天にも地にもただ一人、三造がこの挙動《ふるまい》は、われわれ人間としては尋常事《ただごと》ではない。手に汗を握る一大事であったが、山に取っては、蝗《いなご》が飛ぶほどでもなかろう。
境は、今の騒ぎで、取落した洋傘《こうもり》の、寂しく打倒《ぶったお》れた形さえ、まだしも娑婆《しゃば》の朋達《ともだち》のような頼母《たのも》しさに、附着《くッつ》いて腰を掛けた。
峰から落し、谷から推《お》して、夕暮が次第に迫った。雲の峰は、一刷《ひとはけ》刷いて、薄黒く、坊主のように、ぬっと立つ。
日が蔭って、草の青さの増すにつけ、汗ばんだ単衣《ひとえ》の縞《しま》の、くっきりと鮮明《あざやか》になるのも心細い――山路に人の小ささよ。
蜻蛉《とんぼ》でも来て留まれば、城の逆茂木《さかもぎ》の威厳を殺《そ》いで、抜いて取っても棄《す》つべきが、寂寞《じゃくまく》として、三本竹、風も無ければ動きもせず。
蜩《ひぐらし》の声がする…………
五
カラカラと谺《こだま》して、谷の樹立《こだち》を貫ぬき貫ぬき、空へ伝わって、ちょっと途絶えて、やがて峰の方《かた》でカラカラとまた声が響く。
と、蜩の声ばかりでなく、新《あらた》に鐸《すず》の音《ね》が起ったのである。
ちりりんりんと――しかり、鐸を鳴らす、と聞いただけで、夏の山には、行者の姿が想像されて、境は少からず頼母《たのも》しかった。峠には人が居る。
その実、山霊が奏《かな》でるので、次第々々に雲の底へ、高く消えて行《ゆ》く類《たぐい》の、深秘な音楽ではあるまいか、と覚束《おぼつか》なさに耳を澄ますと、確《たしか》に、しかも、段々に峰から此方《こなた》に近くなる。
蜩がそれに競わんとするごとく、また頻《しきり》に鳴き出す――足許《あしもと》の深い谷から、その銀《しろがね》の鈴を揺上《ゆりあ》げると、峠から黄金《こがね》の鐸を振下ろして、どこで結ばるともなく、ちりりりと行交《ゆ
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