《うつ》るのを覗《のぞ》いたり、漫歩《そゞろあるき》をして居《ゐ》たが、藪《やぶ》が近《ちか》く、蚊《か》が酷《ひど》いから、座敷《ざしき》の蚊帳《かや》が懷《なつか》しくなつて、内《うち》へ入《はひ》らうと思《おも》つたので、戸《と》を開《あ》けようとすると閉出《しめだ》されたことに氣《き》がついた。
 それから墓石《はかいし》に乘《の》つて推《お》して見《み》たが、原《もと》より然《さ》うすれば開《あ》くであらうといふ望《のぞみ》があつたのではなく、唯《たゞ》居《ゐ》るよりもと、徒《いたづ》らに試《こゝろ》みたばかりなのであつた。
 何《なん》にもならないで、ばたりと力《ちから》なく墓石《はかいし》から下《お》りて、腕《うで》を拱《こまぬ》き、差俯向《さしうつむ》いて、ぢつとして立《た》つて居《ゐ》ると、しつきりなしに蚊《か》が集《たか》る。毒蟲《どくむし》が苦《くる》しいから、もつと樹立《こだち》の少《すくな》い、廣々《ひろ/″\》とした、うるさくない處《ところ》をと、寺《てら》の境内《けいだい》に氣《き》がついたから、歩《ある》き出《だ》して、卵塔場《らんたふば》の開戸《ひらきど》から出《で》て、本堂《ほんだう》の前《まへ》に行《い》つた。
 然《さ》まで大《おほ》きくもない寺《てら》で、和尚《をしやう》と婆《ばあ》さんと二人《ふたり》で住《す》む。門《もん》まで僅《わづ》か三四|間《けん》、左手《ゆんで》は祠《ほこら》の前《まへ》を一坪《ひとつぼ》ばかり花壇《くわだん》にして、松葉牡丹《まつばぼたん》、鬼百合《おにゆり》、夏菊《なつぎく》など雜植《まぜうゑ》の繁《しげ》つた中《なか》に、向日葵《ひまはり》の花《はな》は高《たか》く蓮《はす》の葉《は》の如《ごと》く押被《おつかぶ》さつて、何時《いつ》の間《ま》にか星《ほし》は隱《かく》れた。鼠色《ねずみいろ》の空《そら》はどんよりとして、流《なが》るゝ雲《くも》も何《なん》にもない。なか/\氣《き》が晴々《せい/\》しないから、一層《いつそ》海端《うみばた》へ行《い》つて見《み》ようと思《おも》つて、さて、ぶら/\。
 門《もん》の左側《ひだりがは》に、井戸《ゐど》が一個《ひとつ》。飮水《のみみづ》ではないので、極《きは》めて鹽《しほ》ツ辛《から》いが、底《そこ》は淺《あさ》い、屈《かゞ》んでざぶ/″\、さ
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