な、鮮《あざやか》な形で、ありのまま衝《つ》と消えた。
 今は最《も》う、さっきから荷車が唯《ただ》辷《すべ》ってあるいて、少しも轣轆《れきろく》の音の聞えなかったことも念頭に置かないで、早くこの懊悩《おうのう》を洗い流そうと、一直線に、夜明に間もないと考えたから、人憚《ひとはばか》らず足早《あしばや》に進んだ。荒物屋《あらものや》の軒下《のきした》の薄暗《うすくら》い処に、斑犬《ぶちいぬ》が一頭、うしろ向《むき》に、長く伸びて寝て居たばかり、事なく着いたのは由井ヶ浜である。
 碧水金砂《へきすいきんさ》、昼の趣《おもむき》とは違って、霊山《りょうぜん》ヶ|崎《さき》の突端《とっぱな》と小坪《こつぼ》の浜でおしまわした遠浅《とおあさ》は、暗黒の色を帯び、伊豆の七島も見ゆるという蒼海原《あおうなばら》は、ささ濁《にごり》に濁《にご》って、果《はて》なくおっかぶさったように堆《うずだか》い水面は、おなじ色に空に連《つらな》って居る。浪打際《なみうちぎわ》は綿《わた》をば束《つか》ねたような白い波、波頭《なみがしら》に泡《あわ》を立てて、どうと寄《よ》せては、ざっと、おうように、重々《おもお
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