て頬を支えていた手を膝に取って、
「おお、それは難有《ありがと》う。」
と婆《ばば》の目には、もの珍しく見ゆるまで、かかる紳士の優しい容子《ようす》を心ありげに瞻《みまも》ったが、
「時に旦那様。」
「むむ、」
「まあ可哀そうだと思召《おぼしめ》しまし、この間お休み遊ばしました時、ちょっと参りましたあの女でございますが、御串戯《ごじょうだん》ではございましょうが、旦那様も佳《い》い女だな、とおっしゃって下さいましたあのことでございますがね、」
と言いかけてちょっと猶予《ためら》って、聞く人の顔の色を窺《うかが》ったのは、こういって客がこのことについて注意をするや否やを見ようとしたので。心にもかけないほどの者ならば話し出して退屈をさせるにも及ばぬことと、年寄だけに気が届いたので、案のごとく判事は聴く耳を立てたのである。
「おお、どうかしたか、本当に容子《ようす》の佳い女《こ》だよ。」
「はい、容子の可《い》い女《こ》で。旦那様は都でいらっしゃいます、別にお目にも留りますまいが、私《わたくし》どもの目からはまるでもう弁天様か小町かと見えますほどです。それに深切で優しいおとなしい女《こ》でございまして、あれで一枚着飾らせますれば、上《うえ》つ方《がた》のお姫様と申しても宜《い》い位。」
三
「ほほほ、賞《ほ》めまするに税は立たず、これは柳橋も新橋も御存じでいらっしゃいましょう、旦那様のお前で出まかせなことを失礼な。」
小山判事は苦笑をして、
「串戯《じょうだん》をいっては不可《いか》ん、私は学生だよ。」
「あら、あんなことをおっしゃって、貴方《あなた》は何ぞの先生様でいらっしゃいますよ。」
「まあその娘がどうしたというのだ。」と小山は胡坐《あぐら》をどっかりと組直した。
落着いて聞いてくれそうな様子を見て取り、婆さんは嬉しそうに、
「何にいたせ、ちっとでもお心に留っておりますなら可哀そうだと思ってやって下さいまし。こうやってお傍《そば》でお話をいたしますのは今日がはじめて。私《わたくし》どもへお休み下さいましたのはたった二度なんでございますけれども、他《ほか》に誰も居《お》りませず、ちょうどあの娘《こ》が来合せました時でよくお顔を存じておりますし、それにこう申してはいかがでございますが、旦那様もあの娘《こ》を覚えていらっしゃいますように存じます。
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