》の儀《ぎ》にあらず、實際《じつさい》の筍《たけのこ》なり。百々女木町《どゞめきまち》も字《じ》に似《に》ず音《おん》強《つよ》し。
買物《かひもの》にゆきて買《か》ふ方《はう》が、(こんね)で、店《みせ》の返事《へんじ》が(やあ/\。)歸《かへ》る時《とき》、買《か》つた方《はう》で、有《あり》がたう存《ぞん》じます、は君子《くんし》なり。――ほめるのかい――いゝえ。
地震《ぢしん》めつたになし。しかし、其《そ》のぐら/\と來《く》る時《とき》は、家々《いへ/\》に老若《らうにやく》男女《なんによ》、聲《こゑ》を立《た》てて、世《よ》なほし、世《よ》なほし、世《よ》なほしと唱《とな》ふ。何《なん》とも陰氣《いんき》にて薄氣味《うすきみ》惡《わる》し。雷《かみなり》の時《とき》、雷《かみなり》山《やま》へ行《ゆ》け、地震《ぢしん》は海《うみ》へ行《ゆ》けと唱《とな》ふ、たゞし地震《ぢしん》の時《とき》には唱《とな》へず。
火事《くわじ》をみて、火事《くわじ》のことを、あゝ火事《くわじ》が行《ゆ》く、火事《くわじ》が行《ゆ》く、と叫《さけ》ぶなり。彌次馬《やじうま》が駈《か》けながら、互《たがひ》に聲《こゑ》を合《あ》はせて、左《ひだり》、左《ひだり》、左《ひだり》、左《ひだり》。
夏《なつ》のはじめに、よく蝦蟆賣《がまう》りの聲《こゑ》を聞《き》く。蝦蟆《がま》や、蝦蟆《がんま》い、と呼《よ》ぶ。又《また》此《こ》の蝦蟆賣《がまう》りに限《かぎ》りて、十二三、四五|位《ぐらゐ》なのが、きまつて二人連《ふたりづ》れにて歩《ある》くなり。よつて怪《け》しからぬ二人連《ふたりづ》れを、畜生《ちくしやう》、蝦蟆賣《がまうり》め、と言《い》ふ。たゞし蝦蟆《がま》は赤蛙《あかがへる》なり。蝦蟆《がま》や、蝦蟆《がんま》い。――そのあとから山男《やまをとこ》のやうな小父《をぢ》さんが、柳《やなぎ》の蟲《むし》は要《い》らんかあ、柳《やなぎ》の蟲《むし》は要《い》らんかあ。
鯖《さば》を、鯖《さば》や三番叟《さんばそう》、とすてきに威勢《ゐせい》よく賣《う》る、おや/\、初鰹《はつがつを》の勢《いきほひ》だよ。鰯《いわし》は五月《ごぐわつ》を季《しゆん》とす。さし網鰯《あみいわし》とて、砂《すな》のまゝ、笊《ざる》、盤臺《はんだい》にころがる。嘘《うそ》にあらず、鯖《さば》、鰡《ぼら》ほどの大《おほき》さなり。値《あたひ》安《やす》し。これを燒《や》いて二十|食《く》つた、酢《す》にして十《とを》食《く》つたと云《い》ふ男《をとこ》だて澤山《たくさん》なり。次手《ついで》に、目刺《めざし》なし。大小《だいせう》いづれも串《くし》を用《もち》ゐず、乾《ほ》したるは干鰯《ひいわし》といふ。土地《とち》にて、いなだ[#「いなだ」に傍点]は生魚《なまうを》にあらず、鰤《ぶり》を開《ひら》きたる乾《ひ》ものなり。夏中《なつぢう》の好《いゝ》下物《さかな》、盆《ぼん》の贈答《ぞうたふ》に用《もち》ふる事《こと》、東京《とうきやう》に於《お》けるお歳暮《せいぼ》の鮭《さけ》の如《ごと》し。然《さ》ればその頃《ころ》は、町々《まち/\》、辻々《つじ/\》を、彼方《あつち》からも、いなだ一|枚《まい》、此方《こつち》からも、いなだ一|枚《まい》。
灘《なだ》の銘酒《めいしゆ》、白鶴《はくつる》を、白鶴《はくかく》と讀《よ》み、いろ盛《ざかり》をいろ盛《もり》と讀《よ》む。娘盛《むすめざかり》も娘盛《むすめもり》だと、お孃《じやう》さんのお酌《しやく》にきこえる。
南瓜《たうなす》を、かぼちやとも、勿論《もちろん》南瓜《たうなす》とも言《い》はず皆《みな》ぼぶら。眞桑《まくは》を、美濃瓜《みのうり》。奈良漬《ならづけ》にする淺瓜《あさうり》を、堅瓜《かたうり》、此《こ》の堅瓜《かたうり》味《あぢはひ》よし。
蓑《みの》の外《ほか》に、ばんどり[#「ばんどり」に傍点]とて似《に》たものあり、蓑《みの》よりは此《こ》の方《はう》を多《おほ》く用《もち》ふ。磯《いそ》一峯《いつぽう》が、(こし地《ぢ》紀行《きかう》)に安宅《あたか》の浦《うら》を一|里《り》左《ひだり》に見《み》つゝ、と言《い》ふ處《ところ》にて、
(大國《おほくに》のしるしにや、道《みち》廣《ひろ》くして車《くるま》を並《なら》べつべし、周道《しうだう》如砥《とのごとし》とかや言《い》ひけん、毛詩《まうし》の言葉《ことば》まで思《おも》ひ出《い》でらる。並木《なみき》の松《まつ》嚴《きび》しく聯《つらな》りて、枝《えだ》をつらね蔭《かげ》を重《かさ》ねたり。往來《わうらい》の民《たみ》、長《なが》き草《くさ》にて蓑《みの》をねんごろに造《つく》りて目馴《めな》れぬ姿《すがた》なり。)
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