ち》の瀧《たき》、いはれあり、去《さん》ぬる八日《やうか》大雨《たいう》の暗夜《あんや》、十|時《じ》を過《す》ぎて春鴻子《しゆんこうし》來《きた》る、俥《くるま》より出《い》づるに、顏《かほ》の色《いろ》慘《いたま》しく濡《ぬ》れ漬《ひた》りて、路《みち》なる大瀧《おほたき》恐《おそろ》しかりきと。
翌日《よくじつ》、雨《あめ》の晴間《はれま》を海《うみ》に行《ゆ》く、箱根《はこね》のあなたに、砂道《すなみち》を横切《よこぎ》りて、用水《ようすゐ》のちよろ/\と蟹《かに》の渡《わた》る處《ところ》あり。雨《あめ》に嵩増《かさま》し流《なが》れたるを、平家《へいけ》の落人《おちうど》悽《すさま》じき瀑《たき》と錯《あやま》りけるなり。因《よ》りて名《な》づく、又《また》夜雨《よさめ》の瀧《たき》。
此瀧《このたき》を過《す》ぎて小一町《こいつちやう》、道《みち》のほとり、山《やま》の根《ね》の巖《いは》に清水《しみづ》滴《したゝ》り、三|體《たい》の地藏尊《ぢざうそん》を安置《あんち》して、幽徑《いうけい》磽※[#「石+角」、第3水準1−89−6、338−6]《げうかく》たり。戲《たはむ》れに箱根々々《はこね/\》と呼《よ》びしが、人《ひと》あり、櫻山《さくらやま》に向《むか》ひ合《あ》へる池子山《いけごやま》の奧《おく》、神武寺《じんむじ》の邊《あたり》より、萬兩《まんりやう》の實《み》の房《ふさ》やかに附《つ》いたるを一本《ひともと》得《え》て歸《かへ》りて、此草《このくさ》幹《みき》の高《たか》きこと一|丈《ぢやう》、蓋《けだ》し百年《ハコネ》以來《いらい》のもの也《なり》と誇《ほこ》る、其《そ》のをのこ國訛《くになまり》にや、百年《ひやくねん》といふが百年々々《ハコネ/\》と聞《きこ》ゆるもをかしく今《いま》は名所《めいしよ》となりぬ。
嗚呼《をこ》なる哉《かな》、吾等《われら》晝寢《ひるね》してもあるべきを、かくてつれ/″\を過《すご》すにこそ。
臺所《だいどころ》より富士《ふじ》見《み》ゆ。露《つゆ》の木槿《むくげ》ほの紅《あか》う、茅屋《かやや》のあちこち黒《くろ》き中《なか》に、狐火《きつねび》かとばかり灯《ともしび》の色《いろ》沈《しづ》みて、池子《いけご》の麓《ふもと》砧《きぬた》打《う》つ折《をり》から、妹《いも》がり行《ゆ》くらん遠畦
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