廊下《ろうか》を縦に通るほどな心地《ここち》でありますからで。客人は、堂へ行《ゆ》かれて、柱《はしら》板敷《いたじき》へひらひらと大きくさす月の影、海の果《はて》には入日《いりひ》の雲が焼残《やけのこ》って、ちらちら真紅《しんく》に、黄昏《たそがれ》過ぎの渾沌《こんとん》とした、水も山も唯《ただ》一面の大池の中に、その軒端《のきば》洩《も》る夕日の影と、消え残る夕焼の雲の片《きれ》と、紅蓮《ぐれん》白蓮《びゃくれん》の咲乱《さきみだ》れたような眺望《ながめ》をなさったそうな。これで御法《みのり》の船に同じい、御堂《おどう》の縁《えん》を離れさえなさらなかったら、海に溺《おぼ》れるようなことも起らなんだでございましょう。
 爰《ここ》に希代《きたい》な事は――
 堂の裏山の方で、頻《しき》りに、その、笛太鼓《ふえたいこ》、囃子《はやし》が聞えたと申す事――
 唯今《ただいま》、それ、聞えますな。あれ、あれとは、まるで方角は違います。」
 と出家は法衣《ころも》でずいと立って、廂《ひさし》から指を出して、御堂《みどう》の山を左の方《かた》へぐいと指した。立ち方の唐突《だしぬけ》なのと、急な
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