散策子は踵《くびす》を廻《めぐ》らして、それから、きりきりはたり、きりきりはたりと、鶏《にわとり》が羽《は》うつような梭《おさ》の音《おと》を慕《した》う如く、向う側の垣根に添うて、二本《ふたもと》の桃の下を通って、三軒の田舎屋《いなかや》の前を過ぎる間《あいだ》に、十八、九のと、三十《みそじ》ばかりなのと、機《はた》を織る婦人の姿を二人見た。
その少《わか》い方は、納戸《なんど》の破障子《やぶれしょうじ》を半開《はんびら》きにして、姉《ねえ》さん冠《かぶり》の横顔を見た時、腕《かいな》白く梭《おさ》を投げた。その年取った方は、前庭《まえにわ》の乾いた土に筵《むしろ》を敷いて、背《うしろ》むきに機台《はただい》に腰かけたが、トンと足をあげると、ゆるくキリキリと鳴ったのである。
唯《ただ》それだけを見て過ぎた。女今川《おんないまがわ》の口絵《くちえ》でなければ、近頃は余り見掛けない。可懐《なつか》しい姿、些《ちっ》と立佇《たちどま》ってという気もしたけれども、小児《こども》でもいればだに、どの家《うち》も皆《みんな》野面《のら》へ出たか、人気《ひとけ》はこの外《ほか》になかったから、人馴《ひとな》れぬ女だち物恥《ものはじ》をしよう、いや、この男の俤《おもかげ》では、物怖《ものおじ》、物驚《ものおどろき》をしようも知れぬ。この路を後《あと》へ取って返して、今|蛇《へび》に逢《あ》ったという、その二階屋《にかいや》の角《かど》を曲ると、左の方に脊《せ》の高い麦畠《むぎばたけ》が、なぞえに低くなって、一面に颯《さっ》と拡がる、浅緑《あさみどり》に美《うつくし》い白波《しらなみ》が薄《うっす》りと靡《なび》く渚《なぎさ》のあたり、雲もない空に歴々《ありあり》と眺めらるる、西洋館さえ、青異人《あおいじん》、赤異人《あかいじん》と呼んで色を鬼のように称《とな》うるくらい、こんな風《ふう》の男は髯《ひげ》がなくても(帽子被《シャッポかぶ》り)と言うと聞く。
尤《もっと》も一方《いっぽう》は、そんな風《ふう》に――よし、村のものの目からは青鬼《あおおに》赤鬼《あかおに》でも――蝶《ちょう》の飛ぶのも帆艇《ヨット》の帆《ほ》かと見ゆるばかり、海水浴に開《ひら》けているが、右の方は昔ながらの山の形《なり》、真黒《まっくろ》に、大鷲《おおわし》の翼《つばさ》打襲《うちかさ》ねたる趣《
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