》の二階家へ行って取っておいで。」
留守へ言いつけた為替《かわせ》と見える。
後馳《おくれば》せに散策子は袂《たもと》へ手を突込《つきこ》んで、
「細《こまか》いのならありますよ。」
「否《いいえ》、可《よ》うござんすよ、さあ、兄《あに》や、行って来な。」
撥《ばち》を片手で引《ひッ》つかむと、恐る恐る差出《さしだ》した手を素疾《すばや》く引込《ひっこ》め、とさかをはらりと振って行《ゆ》く。
「さあ、お前こっちへおいで、」
小さな方を膝許《ひざもと》へ。
きょとんとして、ものも言わず、棒を呑んだ人形のような顔を、凝《じっ》と見て、
「幾歳《いくつ》なの、」
「八歳《やッつ》でごぜえス。」
「母《おっか》さんはないの、」
「角兵衛に、そんなものがあるもんか。」
「お前は知らないでもね、母様《おっかさん》の方は知ってるかも知れないよ、」
と衝《つ》と手を袴越《はかまごし》に白くかける、とぐいと引寄《ひきよ》せて、横抱きに抱くと、獅子頭《ししがしら》はばくりと仰向《あおむ》けに地を払って、草鞋《わらんじ》は高く反《そ》った。鶏《とり》の羽《はね》の飾《かざり》には、椰子《やし》の葉を吹く風が渡る。
「貴下《あなた》、」
と落着《おちつ》いて見返って、
「私の児《こ》かも知れないんですよ。」
トタンに、つるりと腕《かいな》を辷《すべ》って、獅子は、倒《さかさ》にトンと返って、ぶるぶると身体《からだ》をふったが、けろりとして突立《つッた》った。
「えへへへへへ、」
此処《ここ》へ勢《いきおい》よく兄獅子が引返《ひきかえ》して、
「頂いたい、頂いたい。」
二つばかり天窓《あたま》を掉《ふ》ったが、小さい方の背中を突いて、テンとまた撥《ばち》を当てる。
「可《い》いよ、そんなことをしなくっても、」
と裳《もすそ》をずりおろすようにして止《と》めた顔と、まだ掴《つか》んだままの大《おおき》な銀貨とを互《たがい》に見較《みくら》べ、二個《ふたり》ともとぼんとする。時に朱盆《しゅぼん》の口を開いて、眼《まなこ》を輝《かがやか》すものは何。
「そのかわり、ことづけたいものがあるんだよ、待っておくれ。」
とその○□△を楽書《らくがき》の余白へ、鉛筆を真直《まっすぐ》に取ってすらすらと春の水の靡《なび》くさまに走らした仮名《かな》は、かくれもなく、散策子に読得《よみえ
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