がわりに、恋の重荷《おもに》でへし折れよう。
「真個《ほんと》に済みませんでした。」
またぞろ先《せん》を越して、
「私《わたし》、どうしたら可《い》いでしょう。」
と思い案ずる目を半《なか》ば閉じて、屈託《くったく》らしく、盲目《めくら》が歎息《たんそく》をするように、ものあわれな装《よそおい》して、
「うっかり飛んだ事を申上げて、私、そんなつもりで言ったんじゃありませんわ。
貴下《あなた》のお姿を見て、それから心持《こころもち》が悪くなりましたって、言通《ことばどお》りの事が、もし真個《まったく》なら、どうして口へ出して言えますもんですか。貴下《あなた》のお姿を見て、それから心持が悪く……」
再び口の裏《うち》で繰返して見て、
「おほほ、まあ、大概《たいがい》お察し遊ばして下さいましなね。」
と楽にさし寄って、袖《そで》を土手へ敷いて凭《もた》れるようにして並べた。春の草は、その肩あたりを翠《みどり》に仕切って、二人の裾《すそ》は、足許《あしもと》なる麦畠に臨んだのである。
「そういうつもりで申上げたんでござんせんことは、よく分ってますじゃありませんか。」
「はい、」
「ね、貴下《あなた》、」
「はい、」
と無意味に合点《がってん》して頷《うなず》くと、まだ心が済まぬらしく、
「言《ことば》とがめをなすってさ、真個《ほんと》にお人が悪いよ。」
と異《おつ》に搦《から》む。
聊《いささ》か弁《べん》ぜざるべからず、と横に見向いて、
「人の悪いのは貴女《あなた》でしょう。私《わたし》は何も言《ことば》とがめなんぞした覚えはない。心持が悪いとおっしゃるからおっしゃる通りに伺《うかが》いました。」
「そして、腹をお立てなすったんですもの。」
「否《いや》、恐縮をしたまでです。」
「そこは貴下《あなた》、お察し遊ばして下さる処《ところ》じゃありませんか。
言《ことば》の綾《あや》もございますわ。朝顔の葉を御覧なさいまし、表はあんなに薄っぺらなもんですが、裏はふっくりしておりますもの……裏を聞いて下さいよ。」
「裏だと……お待ちなさいよ。」
ええ、といきつぎに目を瞑《ねむ》って、仰向《あおむ》いて一呼吸《ひといき》ついて、
「心持《こころもち》が悪くなった反対なんだから、私の姿を見ると、それから心持が善《よ》くなった――事になる――可《い》い加減《かげん
前へ
次へ
全29ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング