術三則
泉鏡花
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)帝王《ていわう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「栩のつくり/廾」、第3水準1−90−29]《げい》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
(例)こと/″\
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帝王《ていわう》世紀《せいき》にありといふ。日《ひ》の怪《あや》しきを射《い》て世《よ》に聞《きこ》えたる※[#「栩のつくり/廾」、第3水準1−90−29]《げい》、嘗《かつ》て呉賀《ごが》と北《きた》に遊《あそ》べることあり。呉賀《ごが》雀《すゞめ》を指《さ》して※[#「栩のつくり/廾」、第3水準1−90−29]《げい》に對《むか》つて射《い》よといふ。※[#「栩のつくり/廾」、第3水準1−90−29]《げい》悠然《いうぜん》として問《と》うていふ、生之乎《これをいかさんか》。殺之乎《これをころさんか》。賀《が》の曰《いは》く、其《そ》の左《ひだり》の目《め》を射《い》よ。※[#「栩のつくり/廾」、第3水準1−90−29]《げい》すなはち弓《ゆみ》を引《ひ》いて射《い》て、誤《あやま》つて右《みぎ》の目《め》にあつ。首《かうべ》を抑《おさ》へて愧《は》ぢて終身不忘《みををはるまでわすれず》。術《じゆつ》や、其《そ》の愧《は》ぢたるに在《あ》り。
また陽州《やうしう》の役《えき》に、顏息《がんそく》といへる名譽《めいよ》の射手《しやしゆ》、敵《てき》を射《い》て其《そ》の眉《まゆ》に中《あ》つ。退《しりぞ》いて曰《いは》く、我無勇《われゆうなし》。吾《わ》れの其《そ》の目《め》を志《こゝろざ》して狙《ねら》へるものを、と此《こ》の事《こと》左傳《さでん》に見《み》ゆとぞ。術《じゆつ》や、其《そ》の無勇《ゆうなき》に在《あ》り。
飛衞《ひゑい》は昔《いにしへ》の善《よ》く射《い》るものなり。同《おな》じ時《とき》紀昌《きしやう》といふもの、飛衞《ひゑい》に請《こ》うて射《しや》を學《まな》ばんとす。教《をしへ》て曰《いは》く、爾《なんぢ》先《まづ》瞬《またゝ》きせざることを學《まな》んで然《しか》る後《のち》に可言射《しやをいふべし》。
紀昌《きしやう》こゝに於《おい》て、家《いへ》に歸《かへ》りて、其《そ》の妻《つま》が機《はた》織《お》る下《もと》に仰《あふむ》けに臥《ふ》して、眼《まなこ》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》いて蝗《いなご》の如《ごと》き梭《ひ》を承《う》く。二年《にねん》の後《のち》、錐末《すゐまつ》眥《まなじり》に達《たつ》すと雖《いへど》も瞬《またゝ》かざるに至《いた》る。往《ゆ》いて以《もつ》て飛衞《ひゑい》に告《つ》ぐ、願《ねがは》くは射《しや》を學《まな》ぶを得《え》ん。
飛衞《ひゑい》肯《きか》ずして曰《いは》く、未也《まだなり》。亞《つい》で視《み》ることを學《まな》ぶべし。小《せう》を視《み》て大《だい》に、微《び》を視《み》て著《いちじる》しくんば更《さら》に來《きた》れと。昌《しやう》、絲《いと》を以《もつ》て虱《しらみ》を※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]《まど》に懸《か》け、南面《なんめん》して之《これ》を臨《のぞ》む。旬日《じゆんじつ》にして漸《やうや》く大《だい》也《なり》。三年《さんねん》の後《のち》は大《おほき》さ如車輪焉《しやりんのごとし》。
かくて餘物《よぶつ》を覩《み》るや。皆《みな》丘山《きうざん》もたゞならず、乃《すなは》ち自《みづか》ら射《い》る。射《い》るに從《したが》うて、※[#「竹かんむり/輪」、第3水準1−89−78]《りん》盡《こと/″\》く蟲《むし》の心《むなもと》を貫《つらぬ》く。以《もつ》て飛衞《ひゑい》に告《つ》ぐ。先生《せんせい》、高踏《かうたふ》して手《て》を取《と》つて曰《いは》く、汝得之矣《なんぢこれをえたり》。得之《これをえ》たるは、知《し》らず、機《はた》の下《もと》に寢《ね》て梭《ひ》の飛《と》ぶを視《み》て細君《さいくん》の艷《えん》を見《み》ざるによるか、非乎《ひか》。
[#地から5字上げ]明治三十九年二月
底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2007年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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終わり
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