紀昌《きしやう》こゝに於《おい》て、家《いへ》に歸《かへ》りて、其《そ》の妻《つま》が機《はた》織《お》る下《もと》に仰《あふむ》けに臥《ふ》して、眼《まなこ》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》いて蝗《いなご》の如《ごと》き梭《ひ》を承《う》く。二年《にねん》の後《のち》、錐末《すゐまつ》眥《まなじり》に達《たつ》すと雖《いへど》も瞬《またゝ》かざるに至《いた》る。往《ゆ》いて以《もつ》て飛衞《ひゑい》に告《つ》ぐ、願《ねがは》くは射《しや》を學《まな》ぶを得《え》ん。
 飛衞《ひゑい》肯《きか》ずして曰《いは》く、未也《まだなり》。亞《つい》で視《み》ることを學《まな》ぶべし。小《せう》を視《み》て大《だい》に、微《び》を視《み》て著《いちじる》しくんば更《さら》に來《きた》れと。昌《しやう》、絲《いと》を以《もつ》て虱《しらみ》を※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]《まど》に懸《か》け、南面《なんめん》して之《これ》を臨《のぞ》む。旬日《じゆんじつ》にして漸《やうや》く大《だい》也《なり》。三年《さんねん》の後《のち》は大《おほき》さ如車輪焉《しやりんのごとし》。
 かくて餘物《よぶつ》を覩《み》るや。皆《みな》丘山《きうざん》もたゞならず、乃《すなは》ち自《みづか》ら射《い》る。射《い》るに從《したが》うて、※[#「竹かんむり/輪」、第3水準1−89−78]《りん》盡《こと/″\》く蟲《むし》の心《むなもと》を貫《つらぬ》く。以《もつ》て飛衞《ひゑい》に告《つ》ぐ。先生《せんせい》、高踏《かうたふ》して手《て》を取《と》つて曰《いは》く、汝得之矣《なんぢこれをえたり》。得之《これをえ》たるは、知《し》らず、機《はた》の下《もと》に寢《ね》て梭《ひ》の飛《と》ぶを視《み》て細君《さいくん》の艷《えん》を見《み》ざるによるか、非乎《ひか》。
[#地から5字上げ]明治三十九年二月



底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2007年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aoz
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング