吾人に対せよ、貞操淑気を備へざるも、得てよく吾人を魅せしむ。然る時は吾人其恩に感じて、是《これ》を新しき床の間に置き、三尺すさつて拝せんなり。もしそれやけに紅粉を廃して、読書し、裁縫し、音楽し、学術、手芸をのみこれこととせむか。女教師となれ、産婆となれ、針妙《しんめう》となれ、寧ろ慶庵《けいあん》の婆々《ばゞあ》となれ、美にあらずして何《なん》ぞ。貴夫人、令嬢、奥様、姫様《ひいさま》となるを得むや。ああ、淑女の面《めん》の醜なるは、芸妓、娼妓、矢場女、白首《しろくび》にだも如《し》かざるなり。如何《いかん》となれば渠等《かれら》は紅粉を職務として、婦人の分を守ればなり。但《たゞ》、醜婦の醜を恥ぢて美ならむことを欲する者は、其衷情憐むべし。然れども彼《か》の面の醜なるを恥ぢずして、却《かへ》つてこれを誇る者、渠等は男性を蔑視するなり、呵《か》す、常に芸娼妓矢場女等教育なき美人を罵《のゝし》る処の、教育ある醜面の淑女を呵す。――如斯《かくのごとく》説《い》ふものあり。稚気笑ふべきかな。
[#地から2字上げ](明治三十年八月)
底本:「現代日本文學大系 5 樋口一葉・明治女流文學・泉鏡花集」筑摩書房
1972(昭和47)年5月15日初版第1刷発行
1987(昭和62)年2月10日初版第13刷発行
入力:小林徹
校正:伊藤時也
2000年9月14日公開
2005年11月23日修正
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