はせて見送《みおく》つた。おなじやうに、或《あるひ》は傾《かたむ》き、また俯向《うつむ》き、さて笛《ふえ》を仰《あふ》いで吹《ふ》いた、が、やがて、來《き》た道《みち》を半《なか》ば、あとへ引返《ひきかへ》した處《ところ》で、更《あらた》めて乘《の》つかる如《ごと》く下駄《げた》を留《とゞ》めると、一方《いつぱう》、鎭守《ちんじゆ》の社《やしろ》の前《まへ》で、ついた杖《つゑ》を、丁《ちやう》と小脇《こわき》に引《ひき》そばめて上《あ》げつゝ、高々《たか/″\》と仰向《あふむ》いた、さみしい大《おほき》な頭《あたま》ばかり、屋根《やね》を覗《のぞ》く來日《くるひ》ヶ峰《みね》の一處《ひとところ》を黒《くろ》く抽《ぬ》いて、影法師《かげぼふし》を前《まへ》に落《おと》して、高《たか》らかに笛《ふえ》を鳴《な》らした。
 ――きよきよらツ、きよツ/\きよツ!
 八千八谷《はつせんやたに》を流《なが》るゝ、圓山川《まるやまがは》とともに、八千八聲《はつせんやこゑ》と稱《とな》ふる杜鵑《ほとゝぎす》は、ともに此地《このち》の名物《めいぶつ》である。それも昨夜《さくや》の按摩《あんま》が話《はな》した。其時《そのとき》、口《くち》で眞似《まね》たのが此《これ》である。例《れい》の(ほぞんかけたか)を此《こ》の邊《へん》では、(きよきよらツ、きよツ/\)と聞《き》くらしい。
 ひと聲《こゑ》、血《ち》に泣《な》く其《そ》の笛《ふえ》を吹《ふ》き落《おと》すと、按摩《あんま》は、とぼ/\と横路地《よころぢ》へ入《はひ》つて消《き》えた。
 續《つゞ》いて其處《そこ》を通《とほ》つたが、もう見《み》えない。
 私《わたし》は何故《なぜ》か、ぞつとした。
 太鼓《たいこ》の音《おと》の、のびやかなあたりを、早足《はやあし》に急《いそ》いで歸《かへ》るのに、途中《とちう》で橋《はし》を渡《わた》つて岸《きし》が違《ちが》つて、石垣《いしがき》つゞきの高塀《たかべい》について、打《ぶ》つかりさうに大《おほき》な黒《くろ》い門《もん》を見《み》た。立派《りつぱ》な門《もん》に不思議《ふしぎ》はないが、くゞり戸《ど》も煽《あふ》つたまゝ、扉《とびら》が夥多《おびたゞ》しく裂《さ》けて居《ゐ》る。覗《のぞ》くと、山《やま》の根《ね》を境《さかひ》にした廣々《ひろ/″\》とした庭《には》らしいの
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