さあ、見て御覧。何だ、袖に映したって、映るものかね。ここは引汐《ひきしお》か、水が動く。――こっちが可《い》い。あの松影の澄んだ処が。」
「ああ、御免なさい。堪忍して……映すと狐になりますから。」
「私が請合う、大丈夫だ。」
「まあ。」
「ね、そのままの細い翡翠《ひすい》じゃあないか。琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》の珠《たま》だよ。――小松山の神さんか、竜神が、姉さんへのたまものなんだよ。」
 ここにも飛交う螽《いなご》の翠《みどり》に。――
「いや、松葉が光る、白金《プラチナ》に相違ない。」
「ええ。旦那さんのお情《なさけ》は、翡翠です、白金です……でも、私はだんだんに、……あれ、口が裂けて。」
「ええ。」
「目が釣上って……」
「馬鹿な事を。――蕈《きのこ》で嘘を吐《つ》いたのが狐なら、松葉でだました私は狸だ。――狸だ。……」
 と言って、真白《まっしろ》な手を取った。
 湖つづき蘆中《あしなか》の静《しずか》な川を、ぬしのない小船が流れた。
[#地から1字上げ]大正十三(一九二四)年一月



底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十二巻」岩波書店
   1940(昭和15)年11月20日第1刷発行
入力:門田裕志
校正:今井忠夫
2003年8月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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