は銀杏返《いちょうがえし》が乱れているが、毛の艶《つや》は濡れたような、姿のやさしい、色の白い二十《はたち》あまりの女が彳《たたず》む。
蕈は軸を上にして、うつむけに、ちょぼちょぼと並べてあった。
実は――前年一度この温泉に宿った時、やっぱり朝のうち、……その時は町の方を歩行《ある》いて、通りの煮染屋《にしめや》の戸口に、手拭《てぬぐい》を頸《くび》に菅笠《すげがさ》を被《かぶ》った……このあたり浜から出る女の魚売が、天秤《てんびん》を下《おろ》した処に行《ゆ》きかかって、鮮《あたら》しい雑魚に添えて、つまといった形で、おなじこの蕈を笊に装ったのを見た事があったのである。
銀杏の葉ばかりの鰈《かれい》が、黒い尾でぴちぴちと跳ねる。車蝦《くるまえび》の小蝦は、飴色《あめいろ》に重《かさな》って萌葱《もえぎ》の脚をぴんと跳ねる。魴※[#「魚+弗」、第3水準1−94−37]《ほうぼう》の鰭《ひれ》は虹《にじ》を刻み、飯鮹《いいだこ》の紫は五つばかり、断《ちぎ》れた雲のようにふらふらする……こち、めばる、青、鼠、樺色《かばいろ》のその小魚《こうお》の色に照映《てりは》えて、黄なる蕈は美しかった。
山国に育ったから、学問の上の知識はないが……蕈の名の十《とお》やら十五は知っている。が、それはまだ見た事がなかった。……それに、私は妙に蕈が好きである。……覗込んで何と言いますかと聞くと「霜こしや。」と言った。「ははあ、霜こし。」――十一月初旬で――松蕈《まつたけ》はもとより、しめじの類にも時節はちと寒過ぎる。……そこへ出盛る蕈らしいから、霜を越すという意味か、それともこの蕈が生えると霜が降る……霜を起すと言うのかと、その時、考うる隙《ひま》もあらせず、「旦那《だんな》さんどうですね。」とその魚売が笊をひょいと突きつけると、煮染屋の女房が、ずんぐり横肥りに肥った癖に、口の軽い剽軽《ひょうきん》もので、
「買うてやらさい。旦那さん、酒の肴《さかな》に……はははは、そりゃおいしい、猪《しし》の味や。」と大口を開けて笑った。――紳士淑女の方々に高い声では申兼《もうしか》ねるが、猪はこのあたりの方言で、……お察しに任せたい。
唄で覚えた。
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薬師山から湯宿を見れば、ししが髪|結《ゆ》て身をやつす。
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いや……と言ったばかりで、外
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