て、にやりとした。
思わず、その言《ことば》に連れて振返ると、つれの浪路は、尾花で姿を隠すように、私の外套で顔を横に蔽《おお》いながら、髪をうつむけになっていた。湖の小波《さざなみ》が誘うように、雪なす足の指の、ぶるぶると震えるのが見えて、肩も袖も、その尾花に靡《なび》く。……手につまさぐるのは、真紅の茨《いばら》の実で、その連《つらな》る紅玉《ルビィ》が、手首に珊瑚《さんご》の珠数《じゅず》に見えた。
「ほん、ほん。こなたは、これ。(や、爺《じじ》い……その鮒をば俺に譲れ。)と、姉《ねえ》さんと二人して、潟に放いて、放生会《ほうじょうえ》をさっしゃりたそうな人相じゃがいの、ほん、ほん。おはは。」
と笑いながら、ちょろちょろ滝に、畚をぼちゃんとつけると、背を黒く鮒が躍って、水音とともに鰭《ひれ》が鳴った。
「憂慮《きづかい》をさっしゃるな。割《さ》いて爺《じい》の口に啖《くら》おうではない。――これは稲荷殿《いなりでん》へお供物に献ずるじゃ。お目に掛けましての上は、水に放すわいやい。」
と寄せた杖が肩を抽《ぬ》いて、背を円く流《ながれ》を覗いた。
「この魚《うお》は強いぞ。……心配をさっしゃるな。」
「お爺さん、失礼ですが、水と山と違いました。」
私も笑った。
「茸だの、松露だのをちっとばかり取りたいのですが、霜こしなんぞは、どの辺にあるでしょう。御存じはありませんか。」
「ほん、ほん。」
と黄饅頭を、点頭のままに動かして、
「茸――松露――それなら探さねば爺にかて分らぬがいやい。おはは、姉さんは土地の人じゃ。若いぱっちりとした目は、爺などより明《あきら》かじゃ。よう探いてもらわっしゃい。」
「これはお隙《ひま》づいえ、失礼しました。」
「いや、何の嵩高《かさだか》な……」
「御免。」
「静《しずか》にござれい。――よう遊べ。」
「どうかしたか、――姉さん、どうした。」
「ああ、可恐《こわ》い。……勿体ないようで、ありがたいようで、ああ、可恐《こお》うございましたわ。」
「…………」
「いまのは、山のお稲荷様か、潟の竜神様でおいでなさいましょう。風のない、うららかな、こんな時にはな、よくこの辺をおあるきなさいますそうですから。」
いま畚を引上げた、水の音はまだ響くのに、翁は、太郎虫、米搗虫の靄《もや》のあなたに、影になって、のびあがると、日南《ひなた》の
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