こ》のように思われた。――石になった恋がある。少年は茸になった。「関弥。」ああ、勿体ない。……余りの様子を、案じ案じ捜しに出た父に、どんと背中を敲《たた》かれて、ハッと思った私は、新聞の中から、天狗《てんぐ》の翼《はね》をこぼれたようにぽかんと落ちて、世に返って、往来《ゆきき》の人を見、車を見、且つ屋根越に遠く我が家の町を見た。――
 なつかしき茸狩よ。
 二十年あまり、かくてその後、茸狩らしい真似をさえする機会がなかったのであった。
「……おともしますわ。でも、大勢で取りますから、茸《きのこ》があればいいんですけど……」
 湯の町の女は、先に立って導いた。……
 湖のなぐれに道を廻《めぐ》ると、松山へ続く畷《なわて》らしいのは、ほかほかと土が白い。草のもみじを、嫁菜のおくれ咲が彩って、枯蘆《かれあし》に陽が透通る。……その中を、飛交うのは、琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》のような螽《いなご》であった。
 一つ、別に、この畷を挟んで、大なる潟が湧《わ》いたように、刈田を沈め、鳰《かいつぶり》を浮かせたのは一昨日の夜《よ》の暴風雨の余残《なごり》と聞いた。蘆の穂に、橋がかかると渡ったのは、横に流るる川筋を、一つらに渺々《びょうびょう》と汐《しお》が満ちたのである。水は光る。
 橋の袂《たもと》にも、蘆の上にも、随所に、米つき虫は陽炎《かげろう》のごとくに舞って、むらむらむらと下へ巻き下《くだ》っては、トンと上って、むらむらとまた舞いさがる。
 一筋の道は、湖の只中《ただなか》を霞の渡るように思われた。
 汽車に乗って、がたがた来て、一泊|幾干《いくら》の浦島に取って見よ、この姫君さえ僭越《せんえつ》である。
「ほんとうに太郎と言います、太郎ですよ。――姉さんの名は?……」
「…………」
「姉さんの名は?……」
 女は幾度も口籠りながら、手拭《てぬぐい》の端を俯目《ふしめ》に加《くわ》えて、
「浪路《なみじ》。……」
 と言った。
 ――と言うのである。……読者諸君《みなさん》、女の名は浪路だそうです。

       四

 あれに、翁《おきな》が一人見える。
 白砂の小山の畦道《あぜみち》に、菜畑の菜よりも暖かそうな、おのが影法師を、われと慰むように、太い杖《つえ》に片手づきしては、腰を休め休め近づいたのを、見ると、大黒頭巾《だいこくずきん》
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