に、濠端《ほりばた》を通るんです。枢は下りて、貴女の寝た事は知りながら、今にも濠へ、飛込もうとして、この片足が崖《がけ》をはずれる、背後《うしろ》でしっかりと引き留めて、何をするの、謹さん、と貴女がきっというと確《たしか》に思った。
ですから、死のうと思い、助かりたい、と考えながら、そんな、厭《いや》な、恐ろしい濠端を通ったのも、枢をおろして寝なすった、貴女が必ず助けてくれると、それを力にしたんです。お庇《かげ》で活きていたんですもの、恩人でなくッてさ、貴女は命の親なんですよ。」
とただ懐かしげに嬉しそうにいう顔を、じっと見る見る、ものをもいわず、お民ははらはらと、薄曇る燈《ともしび》の前に落涙した。
「お民さん、」
「謹さん、」
とばかり歯をカチリと、堰《せ》きあえぬ涙を噛《か》み留めつつ、
「口についていうようでおかしいんですが、私もやっぱり。貴下は、もう、今じゃこんなにおなりですから、私は要らなくなったでしょうが、私は今も、今だって、その時分から、何ですよ、同《おんな》じなんです、謹さん。慾《よく》にも、我慢にも、厭で厭で、厭で厭で死にたくなる時がありますとね、そうすると、貴下が来て、お留めなさると思ってね、それを便りにしていますよ。
まあ、同じようで不思議だから、これから別れて帰りましたら、私もまた、月夜にお濠端を歩行《ある》きましょう。そして貴下、謹さんのお姿が、そこへ出るのを見ましょうよ。」
と差俯向《さしうつむ》いた肩が震えた。
あるじは、思わず、火鉢なりに擦り寄って、
「飛んだ事を、串戯《じょうだん》じゃありません、そ、そ、そんな事をいって、譲《ゆずる》(小児の名)さんをどうします。」
「だって、だって、貴下がその年、その思いをしているのに、私はあの児《こ》を拵《こしら》えました。そんな、そんな児を構うものか。」
とすねたように鋭くいったが、露を湛《たた》えた花片《はなびら》を、湯気やなぶると、笑《えみ》を湛え、
「ようござんすよ。私はお濠を楽《たのし》みにしますから。でも、こんなじゃ、私の影じゃ、凄《すご》い死神なら可《い》いけれど、大方|鼬《いたち》にでも見えるでしょう。」
と投げたように、片身を畳に、褄《つま》も乱れて崩折《くずお》れた。
あるじは、ひたと寄せて、押《おさ》えるように、棄《す》てた女の手を取って、
「お民さん。
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