《たけ》なる髪はほつり[#「ほつり」に傍点]と切れて、お辻は崩れるやうに、寝床の上、枕をはづして土気色《つちけいろ》の頬《ほお》を蒲団《ふとん》に埋《うず》めた。
玉の緒か、然《さ》らば玉の緒は、長く婦人《おんな》の手に奪はれて、活《い》きたる如く提《ひっさ》げられたのである。
莞爾《かんじ》として朱《しゅ》の唇の、裂けるかと片頬笑《かたほえ》み、
「腕白《わんぱく》、膝《ひざ》へ薬をことづかつてくれれば、私が来るまでもなく、此の女《むすめ》は殺せたものを、夜《よ》が明けるまで黙つて寐《ね》なよ。」といひすてにして、細腰《さいよう》楚々《そそ》たる後姿《うしろすがた》、肩を揺《ゆす》つて、束《つか》ね髱《たぼ》がざわ/\と動いたと見ると、障子の外。
蒼《あお》い光は浅葱幕《あさぎまく》を払つたやうに颯《さっ》と消えて、襖《ふすま》も壁も旧《もと》の通り、燈《ともしび》が薄暗く点《つ》いて居た。
同時に、戸外《おもて》を山手《やまて》の方《かた》へ、からこん/\と引摺《ひきず》つて行く婦人《おんな》の跫音《あしおと》、私はお辻の亡骸《なきがら》を見まいとして掻巻《かいまき》を被《かぶ》つたが、案外かな。
抱起《だきおこ》されると眩《まばゆ》いばかりの昼であつた。母親も帰つて居た。抱起したのは昨夜《ゆうべ》のお辻で、高島田も其まゝ、早《は》や朝の化粧《けわい》もしたか、水の垂《た》る美しさ。呆気《あっけ》に取られて目も放さないで目詰《みつ》めて居ると、雪にも紛《まが》ふ頸《うなじ》を差《さし》つけ、くツきりした髷《まげ》の根を見せると、白粉《おしろい》の薫《かおり》、櫛《くし》の歯も透通《すきとお》つて、
「島田がお好《すき》かい、」と唯《ただ》あでやかなものであつた。私は家に帰つて後《のち》も、疑《うたがい》は今に解《と》けぬ。
お辻は十九で、敢《あえ》て不思議はなく、煩《わずら》つて若死《わかじに》をした、其の黒髪を切つたのを、私は見て悚然《ぞっ》としたけれども、其は仏教を信ずる国の習慣であるさうな。
底本:「日本幻想文学集成1 泉鏡花」国書刊行会
1991(平成3)年3月25日初版第1刷発行
1995(平成7)年10月9日初版第5刷発行
底本の親本:「泉鏡花全集」岩波書店
1940(昭和15)年発行
初出:「天地人」
19
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