つと》横顏《よこがほ》を旦那《だんな》の方《はう》に振向《ふりむ》けて、直《す》ぐに返事《へんじ》をした。此《こ》の細君《さいくん》が、恁《か》う又《また》直《たゞ》ちに良人《をつと》の口《くち》に應《おう》じたのは、蓋《けだ》し珍《めづら》しいので。……西洋《せいやう》の諺《ことわざ》にも、能辯《のうべん》は銀《ぎん》の如《ごと》く、沈默《ちんもく》は金《きん》の如《ごと》しとある。
然《さ》れば、神樂坂《かぐらざか》へ行《い》きがけに、前刻《さつき》郵便局《いうびんきよく》の前《まへ》あたりで、水入《みづい》らずの夫婦《ふうふ》が散歩《さんぽ》に出《で》たのに、餘《あま》り話《はなし》がないから、
(美津《みつ》、下駄《げた》を買《か》うてやるか。)と言《い》つて見《み》たが、默《だま》つて返事《へんじ》をしなかつた。貞淑《ていしゆく》なる細君《さいくん》は、其《そ》の品位《ひんゐ》を保《たも》つこと、恰《あたか》も大籬《おほまがき》の遊女《いうぢよ》の如《ごと》く、廊下《らうか》で會話《くわいわ》を交《まじ》へるのは、仂《はした》ないと思《おも》つたのであらう。
(あゝん、此《
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