《ふうふ》に成《な》つて遣《や》るツて書《か》いてあるぢやあないか。
親《おや》の爲《ため》だつて、何《なん》だつて、一旦《いつたん》他《ほか》の人《ひと》に身《み》をお任《まか》せだもの、道理《もつとも》だよ。お前《まへ》、お前《まへ》、それで氣《き》を落《おと》したんだけれど、命《いのち》をかけて願《ねが》つたものを、お前《まへ》、其《それ》までに思《おも》ふものを、柳《りう》ちやん、何《なん》だつてお見捨《みす》てなさるものかね、解《わか》つたかい、あれ、あれをお聞《き》きよ。もう可《い》いよ。大丈夫《だいぢやうぶ》だよ。願《ねがひ》は叶《かな》つたよ。」
「大變《たいへん》だ、大變《たいへん》だ、材木《ざいもく》が化《ば》けたんだぜ、小屋《こや》の材木《ざいもく》に葉《は》が茂《しげ》つた、大變《たいへん》だ、枝《えだ》が出來《でき》た。」
と普請小屋《ふしんごや》、材木納屋《ざいもくなや》の前《まへ》で叫《さけ》び足《た》らず、與吉《よきち》は狂氣《きやうき》の如《ごと》く大聲《おほごゑ》で、此《この》家《や》の前《まへ》をも呼《よば》はつて歩行《ある》いたのである。
「ね、ね、柳《りう》ちやん――柳《りう》ちやん――」
うつとりと、目《め》を開《あ》いて、ハヤ色《いろ》の褪《あ》せた唇《くちびる》に微笑《ほゝゑ》むで頷《うなづ》いた。人《ひと》に血《ち》を吸《す》はれたあはれな者《もの》の、將《まさ》に死《し》なんとする耳《みゝ》に、與吉《よきち》は福音《ふくいん》を傳《つた》へたのである、この與吉《よきち》のやうなものでなければ、實際《じつさい》また恁《かゝ》る福音《ふくいん》は傳《つた》へられなかつたのであらう。
底本:「鏡花全集 第四巻」岩波書店
1941(昭和16)年3月15日第1刷発行
1986(昭和61)年12月3日第3刷発行
※「!」の後の全角スペースの有り無しは底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:小林繁雄
2003年11月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全12ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング