いわねえ。」
「でも痩《や》せるやうだから心配《しんぱい》だもの。氣《き》が着《つ》かないやうにして食《た》べさせりや、胸《むね》を惡《わる》くすることもなからうからなあ、いまの豆腐《とうふ》の何《なに》よ。ソレ、」
「骨《ほね》のあるがんもどきかい、ほゝゝゝほゝ、」と笑《わら》つた、垢拔《あかぬ》けのした顏《かほ》に鐵漿《かね》を含《ふく》んで美《うつく》しい。
片頬《かたほ》に觸《ふ》れた柳《やなぎ》の葉先《はさき》を、お品《しな》は其《その》艶《つや》やかに黒《くろ》い前齒《まへば》で銜《くは》へて、扱《こ》くやうにして引斷《ひつき》つた。青《あを》い葉《は》を、カチ/\と二《ふた》ツばかり噛《か》むで手《て》に取《と》つて、掌《てのひら》に載《の》せて見《み》た。トタンに框《かまち》の取着《とツつき》の柱《はしら》に凭《もた》れた淺黄《あさぎ》の手絡《てがら》が此方《こつち》を見向《みむ》く、うら少《わかい》のと面《おもて》を合《あ》はせた。
其《その》時《とき》までは、殆《ほとん》ど自分《じぶん》で何《なに》をするかに心着《こゝろづ》いて居《ゐ》ないやう、無意識《むいしき》の間《あひだ》にして居《ゐ》たらしいが、フト目《め》を留《と》めて、俯向《うつむ》いて、じつと見《み》て、又《また》梢《こずゑ》を仰《あふ》いで、
「與吉《よきち》さんのいふやうぢやあ、まあ、嘸《さぞ》此《こ》の葉《は》も痛《いた》むこツたらうねえ。」
と微笑《ほゝゑ》んで見《み》せて、少《わか》いのが其《その》清《すゞし》い目《め》に留《と》めると、くるりと※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]《まは》つて、空《そら》ざまに手《て》を上《あ》げた、お品《しな》はすつと立《た》つて、しなやかに柳《やなぎ》の幹《みき》を叩《たゝ》いたので、蜘蛛《くも》の巣《す》の亂《みだ》れた薄《うす》い色《いろ》の浴衣《ゆかた》の袂《たもと》は、ひらひらと動《うご》いた。
與吉《よきち》は半被《はつぴ》の袖《そで》を掻合《かきあ》はせて、立《た》つて見《み》て居《ゐ》たが、急《きふ》に振返《ふりかへ》つて、
「さうだ。ぢやあ親方《おやかた》に聞《き》いて見《み》ておくんな。可《い》いかい、」
「あゝ、可《い》いとも、」といつて向直《むきなほ》つて、お品《しな》は掻潛《かいくゞ》つて襷《たすき》を脱《はづ》した。斜《なゝ》めに袈裟《けさ》になつて結目《むすびめ》がすらりと下《さが》る。
「お邪魔《じやま》申《まを》しました。」
「あれだよ。又《また》、」と、莞爾《につこり》していふ。
「さうだつけな、うむ、此方《こつち》あお客《きやく》だぜ。」
與吉《よきち》は獨《ひとり》で頷《うなづ》いたが、背向《うしろむき》になつて、肱《ひぢ》を張《は》つて、南《なん》の字《じ》の印《しるし》が動《うご》く、半被《はつぴ》の袖《そで》をぐツと引《ひ》いて、手《て》を掉《ふ》つて、
「おかみさん、大威張《おほゐばり》だ。」
「あばよ。」
六
「あい、」といひすてに、急足《いそぎあし》で、與吉《よきち》は見《み》る内《うち》に間近《まぢか》な澁色《しぶいろ》の橋《はし》の上《うへ》を、黒《くろ》い半被《はつぴ》で渡《わた》つた。眞中頃《まんなかごろ》で、向岸《むかうぎし》から駈《か》けて來《き》た郵便脚夫《いうびんきやくふ》と行合《ゆきあ》つて、遣違《やりちが》ひに一緒《いつしよ》になつたが、分《わか》れて橋《はし》の兩端《りやうはし》へ、脚夫《きやくふ》はつか/\と間近《まぢか》に來《き》て、與吉《よきち》は彼《か》の、倒《たふ》れながらに半《なか》ば黄《き》ばんだ銀杏《いてふ》の影《かげ》に小《ちひ》さくなつた。
七
「郵便《いうびん》!」
「はい、」と柳《やなぎ》の下《した》で、洗髮《あらひがみ》のお品《しな》は、手足《てあし》の眞黒《まつくろ》な配達夫《はいたつふ》が、突當《つきあた》るやうに目《め》の前《まへ》に踏留《ふみと》まつて棒立《ぼうだち》になつて喚《わめ》いたのに、驚《おどろ》いた顏《かほ》をした。
「更科《さらしな》お柳《りう》さん、」
「手前《てまへ》どもでございます。」
お品《しな》は受取《うけと》つて、青《あを》い状袋《じやうぶくろ》の上書《うはがき》をじつと見《み》ながら、片手《かたて》を垂《た》れて前垂《まへだれ》のさきを抓《つま》むで上《あ》げつゝ、素足《すあし》に穿《は》いた黒緒《くろを》の下駄《げた》を揃《そろ》へて立《た》つてたが、一寸《ちよつと》飜《かへ》して、裏《うら》の名《な》を讀《よ》むと、顏《かほ》の色《いろ》が動《うご》いて、横目《よこめ》に框《かまち》をすかして、片
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