》を手元《てもと》に引《ひ》いた。木屑《きくづ》は極《きは》めて細《こま》かく、極《きは》めて輕《かる》く、材木《ざいもく》の一處《ひとところ》から湧《わ》くやうになつて、肩《かた》にも胸《むね》にも膝《ひざ》の上《うへ》にも降《ふ》りかゝる。トタンに向《むか》うざまに突出《つきだ》して腰《こし》を浮《う》かした、鋸《のこぎり》の音《おと》につれて、又《また》時雨《しぐれ》のやうな微《かすか》な響《ひゞき》が、寂寞《せきばく》とした巨材《きよざい》の一方《いつぱう》から聞《きこ》えた。
柄《え》を握《にぎ》つて、挽《ひ》きおろして、與吉《よきち》は呼吸《いき》をついた。
(左樣《さう》だ、魚《さかな》の死骸《しがい》だ、そして骨《ほね》が頭《あたま》に繋《つな》がつたまゝ、皿《さら》の中《なか》に殘《のこ》るのだ、)
と思《おも》ひながら、絶《た》えず拍子《ひやうし》にかゝつて、伸縮《のびちゞみ》に身體《からだ》の調子《てうし》を取《と》つて、手《て》を働《はたら》かす、鋸《のこぎり》が上下《じやうげ》して、木屑《きくづ》がまた溢《こぼ》れて來《く》る。
(何故《なぜ》だらう、これは鋸《のこぎり》で挽《ひ》く所爲《せゐ》だ、)と考《かんが》へて、柳《やなぎ》の葉《は》が痛《いた》むといつたお品《しな》の言《ことば》が胸《むね》に浮《うか》ぶと、又《また》木屑《きくづ》が胸《むね》にかゝつた。
與吉《よきち》は薄暗《うすぐら》い中《なか》に居《ゐ》る、材木《ざいもく》と、材木《ざいもく》を積上《つみあ》げた周圍《しうゐ》は、杉《すぎ》の香《か》、松《まつ》の匂《にほひ》に包《つゝ》まれた穴《あな》の底《そこ》で、目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つて、跪《ひざまづ》いて、鋸《のこぎり》を握《にぎ》つて、空《そら》ざまに仰《あふ》いで見《み》た。
樟《くすのき》の材木《ざいもく》は斜《なゝ》めに立《た》つて、屋根裏《やねうら》を漏《も》れてちら/\する日光《につくわう》に映《うつ》つて、言《い》ふべからざる森嚴《しんげん》な趣《おもむき》がある。この見上《みあ》ぐるばかりな、これほどの丈《たけ》のある樹《き》はこの邊《あたり》でつひぞ見《み》た事《こと》はない、橋《はし》の袂《たもと》の銀杏《いてふ》は固《もと》より、岸《きし》の柳《や
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