で遠くはなかったそうだ。荒れには荒れたが、大きな背戸へ裏木戸から連込んで、茱萸《ぐみ》の樹の林のような中へ連れて入った。目の※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《ふち》も赤らむまで、ほかほかとしたと云う。で、自分にも取れば、あの児にも取らせて、そして言う事が妙ではないか。
(沢山《たんと》お食《あが》んなさいよ。皆《みんな》、貴下《あなた》の阿母《おっか》さんのような美しい血になるから。)
 と言ったんだそうだ。土産にもくれた。帰って誰が下すった、と父《おやじ》にそう言いましょうと、聞くと、
(貴下のお亡《なく》なんなすった阿母《おっかさん》のお友だちです。)
 と言ったってな。あの児の母親はなくなった筈《はず》だ。
 が、ここまではとにかく無事だ、源助。
 その婦人が、今朝また、この学校へ来たんだとな。」
 源助は、びくりとして退《さが》る。
「今度は運動場。で、十時の算術が済んだ放課の時だ。風にもめげずに皆《みんな》駆出すが、ああいう児だから、一人で、それでも遊戯さな……石盤へこう姉様《あねさま》の顔を描《か》いていると、硝子戸越《がらすどごし》に……夢にも忘れない……その美しい顔を見せて、外へ出るよう目で教える……一度逢ったばかりだけれども、小児は一目顔を見ると、もうその心が通じたそうよ。」

       七

「宮浜はな、今日は、その婦人が紅《あか》い木《こ》の実の簪《かんざし》を挿していた、やっぱり茱萸《ぐみ》だろうと云うが、果物の簪は無かろう……小児《こども》の目だもの、珊瑚《さんご》かも知れん。
 そんな事はとにかくだ。
 直ぐに、嬉々《いそいそ》と廊下から大廻りに、ちょうど自分の席の窓の外。その婦人の待っている処へ出ると、それ、散々に吹散らされながら、小児が一杯、ふらふらしているだろう。
 源助、それ、近々に学校で――やがて暑さにはなるし――余り青苔《あおごけ》が生えて、石垣も崩れたというので、井戸側《いどがわ》を取替えるに、石の大輪《おおわ》が門の内にあったのを、小児だちが悪戯《いたずら》に庭へ転がし出したのがある。――あれだ。
 大人なら知らず、円くて辷《すべ》るにせい、小児が三人や五人ではちょっと動かぬ。そいつだが、婦人が、あの児《こ》を連れて、すっと通ると、むくりと脈を打ったように見えて、ころころと芝の上を斜違《はすっか》いに転がり出
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