は源助より大分|少《わか》いが、仔細《しさい》も無かろう、けれども発心をしたように頭髪をすっぺりと剃附《そりつ》けた青道心《あおどうしん》の、いつも莞爾々々《にこにこ》した滑稽《おど》けた男で、やっぱり学校に居る、もう一人の小使である。
「同役(といつも云う、士《さむらい》の果《はて》か、仲間《ちゅうげん》の上りらしい。)は番でござりまして、唯今《ただいま》水瓶《みずがめ》へ水を汲込《くみこ》んでおりまするが。」
「水を汲込んで、水瓶へ……むむ、この風で。」
と云う。閉込《しめこ》んだ硝子窓《がらすまど》がびりびりと鳴って、青空へ灰汁《あく》を湛《たた》えて、上から揺《ゆす》って沸立たせるような凄《すさ》まじい風が吹く。
その窓を見向いた片頬《かたほ》に、颯《さっ》と砂埃《すなほこり》を捲《ま》く影がさして、雑所は眉を顰《ひそ》めた。
「この風が、……何か、風……が烈《はげ》しいから火の用心か。」
と唐突《だしぬけ》に妙な事を言出した。が、成程、聞く方もその風なれば、さまで不思議とは思わぬ。
「いえ、かねてお諭しでもござりますし、不断十分に注意はしまするが、差当り、火の用心と申すではござりませぬ。……やがて、」
と例の渋い顔で、横手の柱に掛《かか》ったボンボン時計を睨《にら》むようにじろり。ト十一時……ちょうど半。――小使の心持では、時間がもうちっと経《た》っていそうに思ったので、止まってはおらぬか、とさて瞻《みつ》めたもので。――風に紛れて針の音が全く聞えぬ。
そう言えば、全校の二階、下階《した》、どの教場からも、声一つ、咳《しわぶき》半分響いて来ぬ、一日中、またこの正午《ひる》になる一時間ほど、寂寞《ひっそり》とするのは無い。――それは小児《こども》たちが一心不乱、目まじろぎもせずにお弁当の時を待構えて、無駄な足踏みもせぬからで。静《しずか》なほど、組々の、人一人の声も澄渡って手に取るようだし、広い職員室のこの時計のカチカチなどは、居ながら小使部屋でもよく聞えるのが例の処、ト瞻《みつ》めても針はソッとも響かぬ。羅馬数字《ロオマすうじ》も風の硝子窓のぶるぶると震うのに釣られて、波を揺《ゆす》って見える。が、分銅だけは、調子を違えず、とうんとうんと打つ――時計は止まったのではない。
「もう、これ午餉《おひる》になりまするで、生徒方が湯を呑みに、どやどやと見
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