、幼児《おなさご》の目には鬼神《きじん》のお松だ。
 ぎょっとしたろう、首をすくめて、泣出《なきだ》しそうに、べそを掻いた。
 その時姉が、並んで来たのを、衝《つ》と前へ出ると、ぴったりと妹をうしろに囲うと、筒袖《つつそで》だが、袖を開いて、小腕で庇《かば》って、いたいけな掌《てのひら》をパッと開いて、鏃《やじり》の如く五指を反らした。
 しかして、踏留《ふみと》まって、睨《にら》むかと目をみはった。
「ごめんよ。」
 私が帽子を取ると斉《ひと》しく、婦《おんな》がせき込んで、くもった声で、
「ごめんなさい、姉《ねえ》ちゃん、ごめんなさい。」
 二人は、思わず、ほろりとした。
 宿の廊下づたいに、湯に行《ゆ》く橋がかりの欄干《らんかん》ずれに、その名樹《めいじゅ》の柿が、梢を暗く、紅日《こうじつ》に照っている。
 二羽。
「雀がいる。」
 その雀色時《すずめいろどき》。
「めじろですわ。」



底本:「鏡花短篇集」岩波文庫、岩波書店
   1987(昭和62)年9月16日第1刷発行
   2001(平成13)年2月5日第21刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十七巻」岩波書店
   
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