らぎ》の囁《ささや》くように、ちちろ、ちちろと声がして、その鳴く音《ね》の高低《たかひく》に、静まった草もみじが、そこらの刈《かり》あとにこぼれた粟《あわ》の落穂とともに、風のないのに軽く動いた。
 麓《ふもと》を見ると、塵焼場《ちりやきば》だという、煙突が、豚の鼻面のように低く仰向《あおむ》いて、むくむくと煙を噴《ふ》くのが、黒くもならず、青々と一条《ひとすじ》立騰《たちのぼ》って、空なる昼の月に淡《うす》く消える。これも夜中には幽霊じみて、旅人を怯《おびや》かそう。――夜泣松《よなきまつ》というのが丘下《おかした》の山の出端《でばな》に、黙った烏《からす》のように羽を重ねた。
「大分|上《のぼ》ったな。」
「帰りますか。」
「一奮発《ひとふんぱつ》、向うへ廻ろうか。その道は、修善寺の裏山へ抜けられる。」
 一廻り斜《ななめ》に見上げた、尾花《おばな》を分けて、稲の真日南《まひなた》へ――スッと低く飛んだ、赤蜻蛉《あかとんぼ》を、挿《かざし》にして、小さな女の児《こ》が、――また二人。
「まあ、おんなじような、いつかの鼓草《たんぽぽ》のと……」
「少し違うぜ、春のが、山姫のおつかわしめだと、向うへ出たのは山の神の落子《おとしご》らしいよ、柄《がら》ゆきが――最《もっと》も今度の方はお前には縁《えん》がある。」
「大ありですね。」 
 と荒びた処《ところ》が、すなわち、その山の神で……
「第一、大すきな柿を食べています。ごらんなさい。小さい方が。」
「どッちでも構わないが、その柿々をいうな、というのに――柿々というたびに、宿のかみさんから庭の柿のお見舞が来るので、ひやひやする。」
「春時分は、筍《たけのこ》が掘って見たい筍が掘って見たいと、御主人を驚かして、お惣菜《そうざい》にありつくのは誰さ。……ああ、おいしそうだ、頬辺《ほっぺた》から、菓汁《つゆ》が垂れているじゃありませんか。」
 横なでをしたように、妹の子は口も頬も――熟柿《じゅくし》と見えて、だらりと赤い。姉は大きなのを握っていた。
 涎《よだれ》も、洟《はな》も見える処《ところ》で、
「その柿、おくれな、小母《おば》さんに。」
 と唐突《だしぬけ》にいった。
 昔は、川柳《せんりゅう》に、熊坂《くまさか》の脛《すね》のあたりで、みいん、みいん。で、薄《すすき》の裾《すそ》には、蟋蟀《こおろぎ》が鳴くばかり
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