」
肩に耳の附着《くッつ》くほど、右へ顔を傾けて、も一つ左へ傾けたから、
「わらび――……小さなのでもいいの、かわいらしい、あなたのような。」
この無遠慮な小母《おば》さんに、妹はあっけに取られたが、姉の方は頷《うなず》いた。
「はい、お煎餅《せんべい》、少しですよ。……お二人でね……」
お駄賃《だちん》に、懐紙《かいし》に包んだのを白銅製のものかと思うと、銀の小粒で……宿の勘定前だから、怪しからず気前が好い。
女の子は、半分気味の悪そうに狐に魅《つま》まれでもしたように掌《てのひら》に受けると――二人を、山裾《やますそ》のこの坂口まで、導いて、上へ指さしをした――その来た時とおんなじに妹の手を引いて、少しせき足にあの径《みち》を、何だか、ふわふわと浮いて行《ゆ》く。……
さて、二人がその帰り道である。なるほど小さい、白魚《しらうお》ばかり、そのかわり、根の群青《ぐんじょう》に、薄く藍《あい》をぼかして尖《さき》の真紫《まむらさき》なのを五、六本。何、牛に乗らないだけの仙家《せんか》の女《め》の童《わらわ》の指示《しめし》である……もっと山高く、草深く分入《わけい》ればだけれども、それにはこの陽気だ、蛇体《じゃたい》という障碍《しょうげ》があって、望むものの方に、苦行《くぎょう》が足りない。で、その小さなのを五、六本。園女《そのじょ》の鼻紙の間に何とかいう菫《すみれ》に恥よ。懐にして、もとの野道へ出ると、小鼓は響いて花菜《はなな》は眩《まばゆ》い。影はいない。――彼処《かしこ》に、路傍《みちばた》に咲き残った、紅梅《こうばい》か。いや桃だ。……近くに行ったら、花が自《おのずか》ら、ものを言おう。
その町の方へ、近づくと、桃である。根に軽く築《つ》いた草堤《くさづつみ》の蔭から、黒い髪が、額《ひたい》が、鼻が、口が、おお、赤い帯が、おなじように、揃《そろ》って、二人出て、前刻《せんこく》の姉妹《きょうだい》が、黙って……襟肩《えりかた》で、少しばかり、極りが悪いか、むずむずしながら、姉が二本、妹が一本、鼓草《たんぽぽ》の花を、すいと出した。
「まあ、姉《ねえ》ちゃん。」
「どうも、ありがとう。」
私も今はかぶっていた帽を取って、その二本の方を慾張《よくば》った。
とはいえ、何となく胸に響いた。響いたのは、形容でも何でもない。川音がタタと鼓草《たんぽぽ》
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