》の影もなしに、幽《かすか》な波が寂《さび》しく巻く。――雲に薄暗い大池がある。
池がある、この毛越寺《もうえつじ》へ詣でた時も、本堂わきの事務所と言った処《ところ》に、小机を囲んで、僧とは見えない、鼠だの、茶だの、無地の袴はいた、閑《ひま》らしいのが三人控えたのを見ると、その中に火鉢はないか、赫《かっ》と火の気の立つ……とそう思って差覗《さしのぞ》いたほどであった。
旅のあわれを、お察しあれ。……五月の中旬《なかば》と言うのに、いや、どうも寒かった。
あとで聞くと、東京でも袷《あわせ》一枚ではふるえるほどだったと言う。
汽車中《きしゃちゅう》、伊達《だて》の大木戸《おおきど》あたりは、真夜中のどしゃ降《ぶり》で、この様子では、思立《おもいた》った光堂《ひかりどう》の見物がどうなるだろうと、心細いまできづかわれた。
濃い靄《もや》が、重《かさな》り重り、汽車と諸《もろ》ともに駈《かけ》りながら、その百鬼夜行《ひゃくきやこう》の、ふわふわと明けゆく空に、消際《きえぎわ》らしい顔で、硝子《がらす》窓を覗《のぞ》いて、
「もう!」
と笑って、一つ一つ、山、森、岩の形を顕《あら》わ
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