し。
 丈高き貴女のつむりは、傘のうらに支ふるばかり、青き絹の裏、眉のあたりに影をこめて、くらく光るものあり、黒髪にきらめきぬ。
 怪しと美少年の見返る時、彼《か》の貴女、腰元を顧みしが、やがて此方《こなた》に向ひて、
「あの、少しばかり。」
 暑さと疲労《つかれ》とに、少年はものも言ひあへず、纔《わずか》に頷きて、筵を解きて、笹の葉の濡れたるをざわ/\と掻分けつ。
 雫落ちて、雪の塊は氷室より切出したるまゝ、未だ角も失せざりき。其一角をば、鋸もて切取りて、いざとて振向く。睫《まつげ》に額の汗つたひたるに、手の塞《ふさ》がりたれば、拭ひもあへで眼を塞ぎつ。貴女の手に捧げたる雪の色は真黒なりき。
「この雪は、何《ど》うしたの。」
 美少年はものをも言はで、直ちに鋸の刃を返して、さら/\と削り落すに、粉はばら/\とあたりに散り、ぢ、ぢ、と蝉の鳴きやむ音して、焼砂に煮え込みたり。

     二

 あきなひに出づる時、継母の心なく嘗《かつ》て炭を挽きしまゝなる鋸を持たせしなれば、さは雪の色づくを、少年は然りとも知らで、削り落し払ふまゝに、雪の量は掌《たなそこ》に小さくなりぬ。
 別に新しきを進めたる、其もまた黒かりき。貴女は手をだに触れむとせで、
「きれいなのでなくつては。」
 と静にかぶりをふりつゝいふ。
「えゝ。」と少年は力を籠めて、ざら/\とぞ掻いたりける。雪は崩れ落ちて砂にまぶれつ。
 渋々捨てて、新しきを、また別なるを、更に幾度か挽いたれど、鋸につきたる炭の粉の、其都度雪を汚しつつ、はや残り少なに成りて、笹の葉に蔽はれぬ。
 貴女は身動《みじろ》きもせず、瞳をすゑて、冷かに瞻《みまも》りたり。少年は便《たより》なげに、
「お母様《つかさん》に叱られら。お母様《つかさん》に叱られら。」
 と訴ふるが如く呟きたれど、耳にもかけざる状《さま》したりき。附添ひたる腰元は、笑止と思ひ、
「まあ、何うしたと言ふのだね、お前、変ぢやないか。いけないね。」
 とたしなめながら、
「可哀さうでございますから、あの……」と取做《とりな》すが如くにいふ。
「いゝえ。」
 と、にべもなく言《い》ひすてて、袖も動かさで立ちたりき。少年は上目づかひに、腰元の顔を見しが、涙ぐみて俯《うつむ》きぬ。
 雪《ゆき》の砕《くだ》けて落散りたるが、見る/\水になりて流れて、けぶり立ちて、地の濡色も
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