て、下司《げす》な奴、同じ事を不思議な花が薫ると言え。
三の烏 おお、蘭奢待《らんじゃたい》、蘭奢待。
一の烏 鈴ヶ森でも、この薫《かおり》は、百年目に二三度だったな。
二の烏 化鳥《ばけどり》が、古い事を云う。
三の烏 なぞと少《わか》い気でおると見える、はははは。
一の烏 いや、こうして暗やみで笑った処は、我ながら無気味だな。
三の烏 人が聞いたら何と言おう。
二の烏 烏鳴《からすなき》だ、と吐《ぬか》すやつよ。
一の烏 何も知らずか。
三の烏 不便《ふびん》な奴等。
二の烏 (手を取合うて)おお、見える、見える。それ侍女《こしもと》の気で迎えてやれ。(みずから天幕《テント》の中より、燭《とも》したる蝋燭《ろうそく》を取出だし、野中に黒く立ちて、高く手に翳《かざ》す。一の烏、三の烏は、二の烏の裾《すそ》に踞《しゃが》む。)
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薄《すすき》の彼方《あなた》、舞台深く、天幕の奥斜めに、男女《なんにょ》の姿|立顕《たちあらわ》る。一《いつ》は少《わかき》紳士、一は貴夫人、容姿美しく輝くばかり。
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二の烏 恋も風、無常も風、情《なさけ》も露、生命《いのち》も露、別るるも薄《すすき》、招くも薄、泣くも虫、歌うも虫、跡は野原だ、勝手になれ。(怪しき声にて呪《じゅ》す。一と三の烏、同時に跪《ひざまず》いて天を拝す。風一陣、灯《ともしび》消ゆ。舞台一時暗黒。)
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はじめ、月なし、この時薄月出づ。舞台|明《あかる》くなりて、貴夫人も少《わかき》紳士も、三羽の烏も皆見えず。天幕あるのみ。
画工、猛然として覚《さ》む。
魘《おそ》われたるごとく四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みま》わし、慌《あわただ》しく画《え》の包をひらく、衣兜《かくし》のマッチを探り、枯草に火を点ず。
野火《やか》、炎々。絹地に三羽の烏あらわる。
凝視。
彼処《かしこ》に敵あるがごとく、腕を挙げて睥睨《へいげい》す。
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画工 俺の画を見ろ。――待て、しかし、絵か、それとも実際の奴等か。
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[#地から2字上げ]――幕――
[#地から1字上げ]大正二(一九一三)年七月
底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十六巻」岩波書店
1942(昭和17)年10月15日第1刷発行
入力:門田裕志
校正:今井忠夫
2003年8月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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