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侍女、烏のごとくその黒き袖を動かす。おののき震うと同じ状《さま》なり。紳士、あとに続いて入《い》る。
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三羽の烏 (声を揃えて叫ぶ)おいらのせいじゃないぞ。
一の烏 (笑う)ははははは、そこで何と言おう。
二の烏 しょう事はあるまい。やっぱり、あとは、烏のせいだと言わねばなるまい。
三の烏 すると、人間のした事を、俺たちが引被《ひっかぶ》るのだな。
二の烏 かぶろうとも、背負《しょ》おうとも。かぶった処で、背負った処で、人間のした事は、人間同士が勝手に夥間《なかま》うちで帳面づらを合せて行《ゆ》く、勘定の遣《や》り取りする。俺たちが構う事は少しもない。
三の烏 成程な、罪も報《むくい》も人間同士が背負いっこ、被《かぶ》りっこをするわけだ。一体、このたびの事の発源《おこり》は、そこな、お一《いち》どのが悪戯《いたずら》からはじまった次第だが、さて、こうなれば高い処で見物で事が済む。嘴《くちばし》を引傾《ひっかた》げて、ことんことんと案じてみれば、われらは、これ、余り性《たち》の善《い》い夥間でないな。
一の烏 いや、悪い事は少しもない。人間から言わせれば、善いとも悪いとも言おうがままだ。俺はただ屋の棟で、例の夕飯《ゆうめし》を稼いでいたのだ。処で艶麗《あでやか》な、奥方とか、それ、人間界で言うものが、虹の目だ、虹の目だ、と云うものを(嘴《くちばし》を指す)この黒い、鼻の先へひけらかした。この節、肉どころか、血どころか、贅沢《ぜいたく》な目玉などはついに賞翫《しょうがん》した験《ためし》がない。鳳凰《ほうおう》の髄《ずい》、麒麟《きりん》の鰓《えら》さえ、世にも稀な珍味と聞く。虹の目玉だ、やあ、八千年生延びろ、と逆落《さかおと》しの廂《ひさし》のはずれ、鵯越《ひよどりごえ》を遣ったがよ、生命《いのち》がけの仕事と思え。鳶《とび》なら油揚《あぶらあげ》も攫《さら》おうが、人間の手に持ったままを引手繰《ひったぐ》る段は、お互に得手でない。首尾よく、かちりと銜《くわ》えてな、スポンと中庭を抜けたは可《よ》かったが、虹の目玉と云う件《くだん》の代《しろ》ものはどうだ、歯も立たぬ。や、堅いの候《そうろう》の。先祖以来、田螺《たにし》を突《つッ》つくに練《きた》えた口も、さて、がっくりと参った
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